文春オンライン

型破りな大河ドラマ『いだてん』を守ったのは誰だったのか

『いだてん』最終回

CDB

2019/12/14
note

トップ女優・有村架純の中に存在する天野春子

 今では若手女優のトップの1人となった有村架純は、本人の語る言葉によれば、芸能界に入る時に所属事務所のオーディションを「太りすぎている」という理由で落とされている。「デビュー直後は無理な減量で痩せていたが、あの頃には戻りたくない」とブログで当時を振り返る彼女は、『あまちゃん』で出会った天野春子役がブレイクのきっかけになった。

 それは彼女が事務所や周囲から求められたスレンダーな美少女ではなく、歌の下手なスター女優の影武者にされてしまう、80年代の垢抜けない等身大の少女の役だった。春子の夢と挫折は、文字通り身を削るようなダイエットを繰り返してはオーディションに落ちる日々を送っていた有村架純と重なっていた。天野春子という役が共感を持って視聴者に受け入れられたことは、有村架純にとって単に芸能人としてのブレイクであっただけではなく、春子のようにいてもいいのだ、この体を削って別の人間にならなくてもいいのだという転機だったのではないかと思う。

2017年に『ひよっこ』で主演女優として朝ドラに凱旋した有村架純は、ドラマのリアリティのために体重を増やしたことに触れ、「ご飯を食べれば自然とああいう形になります」と微笑んだ。彼女の中には今も天野春子がいる。

ADVERTISEMENT

『あまちゃん』で天野春子の少女時代を演じた有村架純 ©️文藝春秋 

宮藤官九郎は誰も書いたことのなかった“ロール”を書く

 プレイヤーが勇者や魔物の役を演じるゲームをロールプレイングゲームと呼び、社会に押し付けられた性別的役割をジェンダーロールと呼ぶ。ロールとは役、プレイとはそれを演じるという意味だ。宮藤官九郎が新しい脚本を書く時、そこには押しつけられた古い役割を指弾し批判するだけではなく、ユニークで魅力的な新しい人物像、誰も書いたことのなかったロール、役柄がいつも立ち現れる。

 戦前の暗い時代を描いた作品にも関わらず、『いだてん』の中ではいくつもの鮮烈な新しい人物像が描かれた。杉咲花が演じたシマとりく、菅原小春が演じた人見絹枝、上白石萌歌が演じた前畑秀子は、のんにとっての天野アキ、有村架純にとっての天野春子と同じように、放送終了後も彼女たちの女優人生に伴走しつづけるのではないかと思う。

 宮藤官九郎が書く役柄(ロール)は、まるでアップデートされたアプリケーションのように俳優たちにインストールされ、ある時はコミュニケーションツールのように社会と魂をつなぎ、ある時はファイアウォールのように社会から魂を守る。それは言わば虚構という形を取って書かれる「そのようにあってもいいのだ」という魂の新しいロールモデルなのだと思う。

 役が俳優に変化をもたらすように、俳優たちもまた作品を生かし続ける。のん、橋本愛、有村架純、松岡茉優といった女優たちがブレイクするたびに新しい世代の観客に『あまちゃん』が参照され観客を今も獲得し続けているように、『いだてん』もまた、来年後期の朝ドラ主演が決定している杉咲花や、今後さらに活躍が広がるであろう菅原小春や上白石萌歌、そして日本の俳優界の中心世代になっていく阿部サダヲ、中村勘九郎、森山未來、神木隆之介たちの活躍が、未来の新しい観客たちに『いだてん』という大河ドラマを何度も再生させることになるだろう。