『ランチのアッコちゃん』は優しかった先輩たちの姿
――ところで『ランチのアッコちゃん』の前に『王妃の帰還』(2013年刊/のち実業之日本文庫)も発表されています。これは若い読者を意識したとおっしゃっていましたね。女子中の教室内で王妃として君臨していた女の子がとある事件で失脚したことから、クラス内のカーストが目まぐるしく変わっていく話です。仲間はずれにするんじゃなくて「あの子とはもう仲良くしたくないから、あんたのところのグループに入れてくれない?」という交渉が成り立つのが面白かった。
柚木 あれがいちばん、中3メンタルの私の本性に近いかもしれません。何の取材もせず、赴くままに楽しく書きました。あれは教室内で異業種交流が起きますよね。社会に出ると自分と似た人としか会わなくなるけれど、クラスの中にはいろんな子がいる。違うグループの子とも喋ったりしたことが、実は自分の糧になっているなと思うんです。その、中学生の時にしかできない、自分と人生が交わらないタイプの人と強制的に一緒にいる楽しさを書きたいと思いました。
――そして『ランチのアッコちゃん』。主人公が落ち込んでいる時、上司のアッコ女史に、昼食の交換を提案されるんですよね。自分の手作りのお弁当を渡し、アッコさんがいつも行くランチのお店に行くと、いろんな出会いがあって。
柚木 アッコちゃんは、今まで私に優しくしてくれた先輩たち全員を固めた存在なんです。私が貧乏していた頃に春野菜の天ぷらがいっぱい詰まった素晴らしいお弁当を食べさせてくれた先輩がいたりして。ちょこちょこ甘いものをもらったり、お土産をもらったり、そういうことで元気づけられてきたので。だから女の子同士のお土産の交換とかを馬鹿にする人は本当に苦手なんですよ、私。
――その次が『伊藤くんAtoE』(2013年幻冬舎刊)で。これは伊藤くんという男性に振り回される女性たちが少し成長する姿を描く連作集ですね。
柚木 これも短編を依頼されて、それを長編にしようという話になったものです。そのせいか今読み返すと、最後が破綻しているんです。最初はライトな話なのに、最後はなんかもう壮絶になっていて、バランスがめちゃくちゃだという。連作短編として整合性を合わせて、箱に入れて出さなきゃいけないという作業が嫌になっていたんですよ。編集者さんにもバランスが悪いことを指摘されたんですが、「書き直しは嫌だ~」と言って大迷惑をかけました。はじめて編集者の指示に従わなかったかも。それでそのまま出したら、はじめて直木賞候補になって、みんな「あれは最後の話だけがいい」もしくは「最後の話だけ嫌なんだよなあ」って、最後の短編のことを言う。『セッション』の「キャラバン」みたいに暴走するままに書いたものなんですけれど。
――『セッション』を観ていない方のために説明すると、主人公が鬼コーチの指示に従わずに、勝手に「キャラバン」の演奏を始めるシーンがあるわけです。
柚木 私は赴くままに書くことを忘れていたんですよ。女同士を嫌だと思われたくないとか、読者を楽しませたいとか、人を不快にさせたくないとか、売れなきゃ、とか、雑念にばかりとらわれていたんです。でも哀しいかな、その時点でもうそこから4冊書きあげて出版が決まっていたんです。『その手をにぎりたい』(2014年刊/小学館)は、時代背景を変えるということと、そろそろ本気で恋愛を書かなければヤバいという危機感から書き出したものです。お鮨のことを書きたいという願いと、女の子版の『グレート・ギャツビー』をやりたいという願いは叶いました。でも非常に頭を使いながら、変に破綻しないように努力をしました。いちばん努力をしたのが『その手をにぎりたい』ですよ。
――バブルの頃を背景に、鮨職人の腕前に惚れ込んだ女性が店に通いながら、実生活では少しずつキャリアアップしていく。お鮨が美味しそうで。恋愛の描き方がまた、ずっとカウンター越しのプラトニックなシチュエーションで。
柚木 鬼努力をしたんですよ。努力、ひたすら努力。私、エロセンサーがないって言われるんです。男の人をセクシーだと思うとか、男の人に見とれるという感受性が欠如してるって。私が好きになるのは、キャラクターが面白いとかが理由なので。エロセンサーのないクズとしてR-18出身者のみんなにガキ扱いされるような私がなんとかして男の人をセクシーだと思わせようとして、頑張って書いたのがあれです。
――それで手だったんですね。鮨職人の手の描写がよかった。
柚木 そうなんです。私自身、お鮨屋さんに惚れるくらいお鮨が好きなんです。モデルにしたお鮨屋さんの店長はよく喋る小遊三さんに似ている人なんですけれど、手の描写はあのままです。