部数を挙げなければというプレッシャーのなかにいた
――同じ時期にアンソロジー『文芸あねもね』に参加していますよね。東日本大震災へのチャリティーで制作された同人誌で、R-18文学賞出身の方が中心ですが、柚木さんも参加されている。これに寄せた短篇「私にふさわしいホテル」は、後に長編になって同名タイトルで書籍化もされましたね。
柚木 私は『文芸あねもね』に出会って本当に救われたので、みんなに感謝しています。それまでは編集者さんの前で緊張していて、商品として恥ずかしくないもの、お金になるものということばかり考えていたんです。初版でこれくらい出さないと作家は消えると聞かされていたのに『終点のあの子』が壊滅的に売れなかったので、作家としてやっていくためにはエンターテインメントにして部数を挙げなければという、守銭奴シーズンにいたんです。その時に『文芸あねもね』の話が出て、好きなものを好きなように書いて、自分たちで自由に意見を出しあって作るという、ZINE(ジン)のような手作り雑誌の楽しさを知ったんですよね。
でも、そこで身につけた儲けを考えずに楽しむという姿勢に切り込んできたのが、双葉社の編集者です。大学の先輩なんですけれど。『ランチのアッコちゃん』の最初の短編はもともと『オール讀物』さんに載らなかった原稿なんですが、「これを売るぞ」と言われて。すごかったです、映画『セッション』の鬼コーチみたいでした。「これでみんなが共感するか」「これで楽しい気持ちになれるか」みたいなことを言われました。
――その編集者の方、私も何度もお会いしていますが、そんな鬼コーチにはまったく見えないんですが(笑)。でもその結果、『ランチのアッコちゃん』はベストセラーとなりましたよね。『私にふさわしいホテル』は1人の女性が作家をめざし、デビューして活躍していく話ですが、これに出てくる編集者のモデルが、その双葉社のあの人ですよね。本の中でも大学の先輩という設定で。
柚木 就職活動の時に出版社を受けたくて教務課に行って調べたら、うちの大学を出て文芸の編集部に勤めている人でコンタクトがとれそうなのがその人1人だけだったんです。それで連絡を取って会ってもらったら「甘い考えじゃ駄目だから」って高圧的に言われて。結局、出版社は全部落ちたんです。それで気まずくなって会わなくなって、数年後、道でばったり会った時、ちょうどオール讀物新人賞を受賞したばかりだったのでそう伝えたら、「まーたまた」って馬鹿にされて、でも「まあせっかくだから本出してあげようか?」と言われた時に「ランチのアッコちゃん」を持っていったら「これ絶対ヒットする」と言われたんです。本当にヒットしたから逆らえないという関係が出来てしまいました。
『私にふさわしいホテル』の編集者の遠藤さんは、ちょっとカッコよく書いてあげちゃったんですけれど、遠藤さんが主人公に言うことは、ほとんど私がその編集者に言われたことです。全部メモってあったので。
でも『私にふさわしいホテル』も、出世というより友情について書きたかったんです。東十条先生という大変権威のある、富と豊かさの象徴のような作家が登場して、主人公と敵対するんです。我々81年生まれの敵である、団塊の世代に片脚を突っ込んでいる豊かな男で、きれいな女に酒を注がせながら生きているような存在。そんな一番の敵と友情を結ぶまでの話がこれです。これではじめて男女の友情を書きましたが、今後もまた書きたいですね。