女性のサクセスストーリーを書いてみたい
――次は『本屋さんのダイアナ』ですね。正反対のタイプの小学生の女の子2人が、本が好きという繋がりで親友になるけれど、進学と同時に疎遠になって、別々の道を歩んでいく。女の子たちの友情と成長と、本への愛にあふれた小説。
柚木 これは『伊藤くんAtoE』を出した頃はほぼ書き終わっていたんですが、『伊藤くんAtoE』が直木賞候補になって落ちたので、選評の駄目だという指摘をちゃんと活かそうと思って、かなり書き直しました。女の子がステレオタイプであるとか、そういうところです。そもそも『伊藤くん』は破綻していましたから、今回の本はそうならないように、って。
それと、『伊藤くん』が直木賞候補になった頃に、父が亡くなったんです。それで、私には父なるものがよく分からないし、男の人もよく分からないというところを正直に書くことにして、ああいう結末になりました。この本は少女小説がたくさん出てきますが、少女小説ってお父さんとの和解やお父さん捜しがテーマになることが多くて、最後に出てくるお父さんは人格者であり、素晴らしい人であることが多いんです。でも私にはそれはちょっとよく分からない。分からないことを分からないまま正直に書こうと思ったのが『本屋さんのダイアナ』です。
父には悪いところもありましたけれど、小さい頃はいっぱい本を読んでくれて、優しくて不器用だったなという印象もあるので、嫌いではないんです。苦手なだけで、好きは好きです。今思うと母とばかり仲が良すぎて父を傷つけていたこともあったと思うので、今後は父のこともちょっと書いていきたいです。
で、次は『ねじまき片想い』(2014年刊/東京創元社)なんですが、これはミステリーの短編を依頼された段階で「トリックが思いつきません」と言ったんですが、説得されて書いてみたらやはりミステリーが書けなかったものです。純粋な女の子の一生懸命な片想いをハートウォーミングに書くつもりだったのに、最後はヒロインの宝子ちゃんも狂気にあてられてきちゃって。でもそれが、『ナイルパーチの女子会』の元ネタにもなっていきました。
――次が『3時のアッコちゃん』(2014年双葉社刊)。そもそも『ランチのアッコちゃん』は、価格を下げるために版元が当初の短編収録数を減らすことにしたんですよね。そこに入らなかったものが収録されたわけですね。
柚木 収録されなかったものが2篇あったので、それと新たに書き下ろしを書いて1冊の本にしたんです。もうちょっとぎっしり詰まった本にしたかったという反省もあるんですけれど、出版社さんや刊行スケジュールとの兼ね合いもあって。
私、『ねじまき』でミステリーに失敗したこともあって、このあたりからできないことを引き受けるのはやめようって反省が生まれるんです。やっぱり版元さんに対しては立場が弱くて、「急いで本にしましょう」と言われて満足に書き直せなかったりもしたんですが、でもそれは「ノー」と言えなかった私の責任なんですよね。今度からはじっくり納得がいくまで書いたものしか出さないようにしようと思いました。そのために迷惑をかけることになっても仕方がないという結論に達しました。文藝春秋さんに本の発売日を延ばしていただいた上に、大きな仕事をひとつ断るという愚の骨頂をしでかして、それで出したのが『ナイルパーチの女子会』でした。
――そうやってじっくり書いたもので受賞して、本当によかった。
柚木 よかったと思います。断る勇気、ですね。勝間和代さんの『断る力』じゃないですけれど。
――一時期は心配になるくらい忙しそうでしたけれど、最近はどうですか。
柚木 働く時間はまったく変わっていないんですが、書いている本数が減りました。今まで1カ月で4本くらい同時進行で書いていたのを1本にしました。だから、書いていて楽しいって思います。大変な時は、本当に書いていて辛かったですから。あの頃は書きあげることばかりが目標で、クオリティは問うてなかったと思う。
――さて、これで第一期が終わったとすると、今後はどうなるんでしょう。
柚木 やはり友情の話は書いていきます。女同士はドロドロしていて怖くて、そのわりには麗しい友情以外認めない、という価値観と戦っていきたい。
と同時に、サクセスストーリーをテーマとしてひとつ書きたいんです。私が読みたいサクセスストーリーを書きたいなっていう。昭和を舞台に、大きな仕事をした人の話ですね。私が読みたい話というと、地位や名誉を獲得する話ではない気がするんですけれど、元気のいい女の子が大冒険をして、その子が満足いく結果を出すような話を書いてみたいです。
――今は『小説新潮』に「BUTTER」を連載中ですよね。婚活で近づいた男の人を次々に殺害していったという、首都圏連続不審死事件をモデルにしている。
柚木 今、それだけに集中しています。いつ本になるかは分からないんですけれど。でもその前に2冊もう出来ているんですよね。『オール讀物』に書いたセックスレス小説と、「俺の彼女、逃亡犯かも。」という、身元不明の女を好きになった男をコメディタッチで書いたものと。どちらも2013年に書いたものなので書き直したいのですが、ちょっと時間がかかるかもしれません。
――相当忙しい頃に書いたものですね。
柚木 将来、もしも私に後輩と呼べるような新人作家ができたら言いたいのは、あまり無理して合せなくて大丈夫だよってこと。作家って会社とは違って一人だから、依頼が来るとつい引き受けてしまうし、それに応えようとしてしまうものなんです。でも無理せずに断っても、そんなひどい目には合わないよ、と言いたいです!