渡瀬恒彦は八〇年代になる頃、所属していた東映だけでなく、松竹や角川など他社の映画作品にも出るようになる。
それでも当初は東映時代と近い、観ていてヒリヒリしてくるような迫力をまとったイメージの役柄が多かった。
が、段々と芝居の幅が広がっていく。原田知世を相手に終始デレデレした雰囲気を見せた角川の『愛情物語』に代表されるように、柔和で優しい表情の役柄を演じるようになっていくのである。
今回取り上げる『時代屋の女房』もまた、そんな一本だ。
渡瀬が演じるのは、東京の大井町で古道具屋を営む独身の中年男「安さん」。この安さんの元に、ある日ふと謎の美女・真弓(夏目雅子)が現れて店に居ついてしまったところから物語は始まる。名前以外は教えようとしない女と、あえてそれ以上のことは聞こうとしない男の織り成す、不思議なラブストーリーだ。
とにかく、渡瀬の一挙手一投足が素敵でたまらない。猫を抱いて顔をほころばせるという、東映時代にはなかなかお目にかかれなかった芝居を冒頭から見せてきたことに始まって、従来のイメージを一新する姿を終始展開している。
劇中、真弓は何度もフラっと出ていくのだが、その度に見せる渡瀬の反応が特にいい。
たとえば序盤の家出では――窓の外に帰ってくる真弓の姿を見つけて顔がニヤけるものの、本人を前にすると一転してムスっとして、顔も合わせようとせずに不愉快そうな表情で乱暴に歯を磨く。その素直になれない「ツンデレ」っぷりは、まるで駄々っ子の少年のように映り、思わず可愛らしさすら覚えてしまった。
他にも、ベッドの上でヤケ酒を飲んで猫を抱きながら歌ったと思ったら猫に顔を埋めて泣くなど、出ていった女への切ない恋心を表現する渡瀬の純粋な千変万化の表情に、胸をかきむしられていく。
特に終盤は、ぼんやり風呂に入ったり、酒を飲んだり、という日常描写が続くのだが、ここでも、そんな渡瀬の姿の一つ一つが実に愛くるしかった。その渡瀬が、寂しげながらどこか温かみのある大井町の街並の雰囲気に溶け込むことで、こちらは切なくも愛おしい気持ちがこみ上げてきた。
セリフや物語展開にはどこか気恥かしくなるような臭い感じはあるものの、美しい映像の中にたたずむ渡瀬の姿が実に画になるため、観ているだけで幸せな気分になる。
「自分にはこれしかない」と身体を張ったアクションに賭けていた男が時を経て、可愛らしさと切なさを同居させた役柄を、日常空間に自然と溶け込む芝居で演じる。渡瀬の役者としてのたしかな成長を感じることのできる作品だ。