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なにを深刻にとらえるのかは、性格とか、余裕の問題ですよね

――実際のエピソードも小説内に使われているんでしょうか。

中島 そうですね。認知症になっても、難しい漢字がすごく書けちゃうというのは本当でした。へんな言葉で喋って電話で応対している時の言葉は、実際どんなふうに話していたかはもう忘れてしまったので私が勝手に作りました。あ、私は小説の娘のように失恋の相談はしていないです(笑)。でもね、確かにうちの父は落ち込んでいると慰めてくれようとするんですよ、果敢に。もう言葉がめちゃくちゃなので何を言っているんだか、さっぱり分からないんですが、声のトーンが優しかった。あと、「まあ、そういうことはあるよ」とか言って相槌を打つんです(笑)。この人分かって言ってるのかなと思うけれど、たぶんなんかこちらが落ち込んでるってことが分かっていたんですよね。

――もともととても優しい方だったのですか。

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中島 割と優しいというか、慰めたりするのはうまい人だったんですね。人の話を聞くのがうまかったんです。でもあとで考えたら、あの人、うまいというのとは違ったのかも。というのも父の仲良しのお友達で、滝のように喋る方がいるんですね。会うとずっと弾丸のように喋っていて、父は「ああ、それはすごいな」とか言っているんですよ。それでそのお友達は、ほとんど最後まで、うちの父が病気だってことが分からなかったんですよ。いつも「いやあ、おかしくなっちゃってるって言うから心配してたけど、全然変わってないじゃない、京子ちゃん」って言って帰っていくんです。いや大丈夫じゃない、私の名前も5年くらい前から分からなくなっているんだって思うんだけれど、相槌がうまいから相手に気づかれないんです。だから父は、若い時から人の話を何も聞かずに相槌を打つのが上手だっただけなんじゃないかって気がちょっとしてます(笑)。

――よく怒りっぽくなると聞きますが、それはあまりなかったんでしょうか。

中島 いや、怒ってましたよ。やっぱり自分が馬鹿にされていると感じた時とか。何か言われても分からない時、自分に対して苛々するみたいで、そんな時に「お父さん、分かってないし」みたいな態度をとると、プライドが傷つくらしくて怒っていました。あと「トイレに行ってね」とか言うと、なんでそんなこと言われなくちゃいけないのかと思うみたいで「じゃあお前がやれ」って言うんです。私がトイレに行ってもしょうがないのよ、っていう(笑)。

――小説内では時間が経つとともに、いろいろお世話で大変なことも起きるけれど、お母さんが割と平然としているというか、朗らかですよね。本当はすごく大変だったんだろうとは思いますけれど。

中島 大変なんですよ。でも、結構うちの母は陽気な人なんです。わりとああいう感じの夫婦だったんですよね。

 なにを深刻にとらえるのかは、性格とか、余裕の問題ですよね。同じことでも、笑えるか笑えないかっていうのは距離の取り方で違ってくる。やっぱり全部引き受けてお世話していたら、少し引いて笑うような余裕はなくなっちゃいますよね。なるべく介護認定とかを受けて、介護保険で人にやってもらえるところはやってもらって、家族でも分担するような体制を作らなければ大変だなと思います。