早口言葉の探求・その3
お綾や、八百屋にお謝り
これも相当に難易度の高い早口言葉だ。引っかかるポイントは「お謝り」。そこだけを単独で言ったら、実はそんなに難しくない。「お綾や」との絡みが、「お謝り」の難易度を上げている。
「おあやや」「おあやまり」、並べればわかる通り、四文字目までの母音が全く一致している。三文字目までは子音も含めて全く同じだ。しかし母音の同じ言葉が連続すれば言いづらくなるとは必ずしも言えない。試しにやはり母音の共通する「蕎麦殻」「モカマタリ」を続けて読んでみてほしい。そこまで引っかからないはずだ。
言いづらさの要因となっているのは、第一に「や」の存在感。日本語では「y」は「半母音」であり、隣接する母音に常に引きずられる性質を持つ、母音に近い子音。「おあや」のときは事実上母音が3つ連続している状態に近いので、言いづらさを生んでいるのだろう。「w」も「半母音」なので、「お泡」はやはり発音しづらい。「お垢」や「お穴」だとそうでもない。
第二に、アクセントのズレだ。「お綾や」は「おあやや」と二音目にアクセントが来る。日本人の人名では、二音の場合は一般に頭を強く発音する。水野美紀の「みき」も、安達祐実の「ゆみ」もそうだ。そして「お謝り」は「おあやまり」 と三音目に最も強いアクセントが来る。「謝る」という動詞はそれだけだと「あやまる」と「ま」にアクセントが来る。しかし接頭語「お」が付いたことで、アクセントが隣に移動するのだ。これが発話者の戸惑いを生む。その戸惑いが、この早口言葉を難しいものにしているのだ。だから「お綾や八百屋に謝りなさい」だと、難易度が少し下がる。アクセントの位置そのものは変わらないからだ。
だからこの早口言葉を楽にクリアしたければ、アクセントの位置をずらしてしまうのがいい。「おあやや」「おあやまり」と、両方頭にアクセントを持ってくるのだ。外国人のような不自然な発音になってしまうが、少しは言いづらさが減る。
これらの探求の結果、「言いづらい日本語」の法則性が見えてきた。
1 本来の和語にはない発音が混じっている漢語や外来語を多用している。
2 発音難易度が一定に推移してゆくのではなく、ばらばらに入り混じって出て来る。
3 響きが似ているけれどアクセントの位置が違う言葉が含まれている。
もちろん、言いづらい言葉の条件はこれだけとは限らない。基本的に全ての言葉が言いづらい私などにとっては、言いづらさの条件はもっと山ほどある。ただ、早口言葉をサンプルとすることで、私のような滑舌弱者(言いづらい!)からアナウンサーのような滑舌のプロに至るまで、等しく言いづらくさせてしまう要素を絞り込めてきたように思う。
ここまでわかってきたなら、我々がすべきことは一つだ。新たな早口言葉を創作してみるのである。たいていの人にとっては早口言葉なんてもともと用意されているのが当たり前のもので、自分で考えるなんて発想したこともないだろう。しかし「生麦生米生卵」や「隣の客はよく柿食う客だ」といった古典的名作だって、最初に考案した人物が必ずいるはずなのである。あなたの考えた早口言葉が名作として語られ続け、もとい、語られ損ね続ける可能性はないとはいえないのだ。
★次回は山田さんオリジナルの「めちゃくちゃ言いづらい早口言葉」に挑戦!