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ビッグデータ時代の到来を見抜いていた

 大腸から左右の肺、肝臓、骨、脳にまでがんは転移したが、戸塚氏は自身のがん闘病でも体を観測対象に見立て、それぞれについて抗がん剤治療と腫瘍マーカーの増減の関係をグラフ化したり、CT写真から腫瘍サイズを測って経時的に大小の変化を追跡したりした。そうしたデータを戸塚氏は医者に見せても、個体差があるから数値化しても仕方ないと取り合ってもらえなかったらしい。

 個体差があるからこそ、その違いを数値化し、たくさんの個体のデータを収集すべきという戸塚氏の考えは、ふり返れば、慧眼と言うほかない。戸塚氏は「理数系の人間と医療系の人間が一緒に仕事をしたらいい」とも指摘していた。当時は、理数系と医療系は水と油のような関係に思えたが、今では医療機関が理数系、特に画像認識など人工知能技術に強みを持つベンチャー企業と手を組むことは珍しくない。研究もビジネスもビッグデータ全盛時代である。

立花隆氏  ©︎文藝春秋

 ヒトゲノムやがんのゲノムをシーケンサーで解析し、そのデータを、がん関連の大量の論文を読みこませた人工知能に入力して、最適な治療法を探るといった取り組みもはじまっている。こうした医療系と理数系をかけ算するような試みをニュースなどで見聞きすると、戸塚氏の発言をよく思い出す。

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 筆者は、冒頭に触れた立花氏の留守電を1年くらい保存していた。留守電の大半は「電話ください」とか「○○の記事をコピーして送って」といった指示の内容で、そういうものはすぐに捨てたが、戸塚氏の死を伝える震える声だけはなかなか消去できなかった。

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

戸塚 洋二

文藝春秋

2011年6月10日 発売