人が怖い絵を欲するのは、何も納涼のためばかりじゃない。
ふだんは覆い隠されている不合理で不条理なものを垣間見たい気持ちが「怖いもの見たさ」の素なのだから、むしろ内に籠もりがちな冬にこそ怖いものに触れたくなる。
古来日本では怖いもの、怪しいものは頻繁に絵に描かれてきた。優れた描き手はたくさんいるけれど、ここはひとつ葛飾北斎にご登場願おう。
魑魅魍魎が登場する「北斎漫画」
江戸の後期に数万点にも上る絵を描き、当時も今も人気を博すのが葛飾北斎である。大迫力かつ、おどろおどろしい妖怪の絵は、納涼の時期にも紹介した(赤ん坊を食いちぎる鬼女! 北斎の描く”妖怪”があまりにもリアルで怖すぎる)。北斎の怖い絵は他にもあって、たとえば「北斎漫画」で多数描かれている。
「北斎漫画」とは彼が50歳を過ぎた時期に刊行された書物で、絵のお手本として森羅万象を描いたとされるスケッチ集のようなもの。日本の美術史をたどっても最高峰じゃないかと思わせるほど、圧倒的な筆力を誇るのが葛飾北斎である。彼が描くと人のあらゆる表情や姿態、日用品、風景とあらゆるものが真に迫って見える。
森羅万象を描くのだから、もちろん実在するのかどうかよくわからない魑魅魍魎だって北斎は手がけた。「北斎漫画」には幽霊や鬼、天狗、山姥、河童……。怪しい者どもがわんさと登場する。それらを、ついさっき見てきたのかと思わせるほどの手つきで絵にするので、「少なくとも江戸のこの時期には、いたんだろうな。天狗も河童も」と信じてしまいたくなる。