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ことわざそのままに「灰吹きから大蛇が出る」

 江戸の人たちと魑魅魍魎の関係性が偲ばれる絵を、「北斎漫画」から探してみると、《灰吹きから大蛇》というものがある。灰吹きとは、タバコ盆に付いている吸い殻捨てのこと。要は灰皿である。「灰吹きから大蛇が出る」「灰吹きから竜が上がる」という当時のことわざは、思いもかけないところから意外なものが出てくる、つまりは途方もなくありえないことのたとえだった。

「灰吹きから大蛇」 『北斎漫画』より

 そのことわざを、北斎は絵にしているのである。灰吹きから今まさに龍が躍り出て、人々が慌てふためいているさまを、なんとも生き生きと描き出した。

ネズミの理想郷「鼠浄土」

《家久連里》と題された絵にも、思わず見入ってしまう。山の向こうのどこか遠くにあるとされたのが理想郷としての「隠れ里」。そのひとつに「鼠浄土」というものがあって、これは塚穴の奥の奥にネズミたちによる理想的な村があるのだとされた。

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「家久連里(かくれざと)」 『北斎漫画』より

 正しき者がここを訪れれば宝物を持って帰れるが、邪な気持ちの者は散々な目に遭うのだという。北斎はネズミの理想郷の様子を、まさに見てきたかのように描写している。

 働き者でいかにも賢そうなネズミたちの姿は、ちょっと近寄りがたい怖さもあるけれど、それ以上に愛おしい。

 縁起物の龍や2020年の干支であるネズミを描いた北斎作品に、怖がるだけじゃなくてそっと手でも合わせておけば、古来の魑魅魍魎が福をこちらに振り分けてくれるかもしれない。

北斎妖怪百景

京極 夏彦

国書刊行会

2004年7月1日 発売