「熊」から「田吾作」まで約60分歩く
「熊」を出て、浅川を渡る。遠くに奥多摩の山並みがみえ、空が広い。浅川を下るように川沿いに歩いていく。サイクリングロードにたくさん自転車が行き来している。
浅川の河岸段丘沿いは樹木も多く、眺めもよいので歩きやすい。ずっと続く家並みをみながら、約50分で八高線の北八王子駅に到着した。
そこから10分位行った石川工業団地の一角に、「田吾作」はひっそりと営業していた。
店前には駐車場があり、白い暖簾があざやかだ。店は中央が5~6人のカウンター、左右にテーブル席がある大きい造作で、カウンターはすべてお客さんで埋まっていた。
「田吾作」は創業して四十数年になるそうだ。店は清潔感があふれている。厨房には四角い麺茹機が鎮座している。天ぷら玉子そば・うどん(430円)、天ぷらきつねそば・うどん(440円)などが人気のようだ。
「田吾作」の味は、横浜「鈴一」をハードにしたような味だ
早速、天ぷら玉子そばを店主に注文した。店は店主と息子さんだろうか二人で切り盛りしていた。程なく、どんぶりが登場した。どんぶりには赤味のつゆがなみなみと注がれていて、熱いせいで玉子の白身は白くなっている。つゆをひと口。出汁がしっかり香り、返しのパンチが十分利いた濃い目のつゆだ。そばは太めの茹麺で、八王子の製麺所福原食品の麺だ。色は黒めで十分コシもあり角もある。都心ではお目にかかれなくなったなつかしい麺だ。天ぷらは人参やたまねぎのかき揚げで、干しエビも少し入っている。つゆにほぐしながら食べ進むと、ほんのり油の甘味が広がって行く。
「田吾作」の味は以前どこかで食べたような気がする。そうだ横浜の味だ。東神奈川駅の「日栄軒」、横浜駅の「鈴一」をハードにしたような味である。
八王子の「田吾作」と横浜の大衆そばの味がつながっているのかと思うと、何だか感慨深い。横浜へと至る絹の道はそばの道でもあったのか。
知らない街の製麺所や大衆麺に触れることで、その街の成り立ち、麺食の文化や穀物栽培の歴史などを少しだけ垣間見ることができるのは興味深いことだと思う。
日野駅までの道を確認し、「熊」と「田吾作」への散策は終点となった。八王子の大衆そば屋、「熊」と「田吾作」にはゆったりした時間が流れていた。それぞれの味の余韻が記憶に刻まれていった。
立ち食いそば 熊
八王子市大横町6-4
【営業時間】
月~土 5:30~17:00
祝日 7:00~17:00
定休日:日
田吾作
八王子市石川町2975-1
【営業時間】
月~土 8:00~16:00
定休日:日・祝
写真=坂崎仁紀