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【5区】東京国際・山瀬が「もう走らん!」で芸術点獲得!?

 箱根といえば“山の神”ですよね。昨年末に発売された雑誌『Number』の座談会で、「4代目・山の神」選考委員会のようなことが行われました。初代山の神・今井正人さん、2代目山の神・柏原竜二さん、3代目山の神・神野大地さんのお三方が、誌面で山の神の条件を話し合っているんです。そこでは「記録更新」「往路優勝でフィニッシュテープを切る」など、いくつかの条件があがりましたが、そのなかで「しばらく勝っていないチームを勝たせたというイメージ」というものもありました。要は成績や記録だけでは計れない、「印象点」が必要ということなんですよね。

 そう考えると、昨年、国学院大の浦野雄平選手が、次の山の神候補として名前があがったのは、タイムだけではなく、ゴール後に彼が発した次の言葉が大きかったのです。

「どんなもんだい!」

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 今の若い子が言わないような、昭和のマンガのセリフみたいですよね。この言葉で印象点を稼いだのではないかと思えるのです。

 そして今年、高い印象点を叩き出したのが、東京国際大の山瀬大成選手です。順位は区間10位と振るわなかったため、山の神認定には至りませんでしたが、ゴール後に仲間に抱き抱えられながら、彼はこんな言葉を発していました。

「もう走らん、ここは。もう走らん。もうええ、無理だよ」

「もう走らん」と叫んだ東京国際・山瀬選手 ©鈴木七絵/文藝春秋

 抱き抱えるメンバーからも、思わず笑みがこぼれてしまうこの言葉。印象点は稼いだので、あとはタイムでしょうね。

 もうひとつネットで盛り上がったのが「#うねうね対決」です。これは中央学院大の畝歩夢選手と、中央大学の畝拓夢選手の双子のこと。同じ5区を走った、タイムはなんと3秒違い、学校名も2文字違い(笑)と話題になりました。さらにそこから派生して、畝兄弟を含め、岡山の倉敷高校出身選手が5区、6区の山区間に多く投入されたことも注目を集めました。5区の畝兄弟、6区には中央大の若林陽大選手と明治大の前田舜平選手がエントリー。マラソン日本記録保持者の大迫傑選手らを輩出した“スピードランナー”の佐久長聖高校に対して、“クライムランナー”の倉敷高校という図式ができつつあると感じています。

 5区は観客側にも変化がありました。昨年の台風19号の影響で箱根登山鉄道もいまだ復旧していないなか、箱根の山中に驚くほど観客が増えたことです。例年なら函嶺洞門を過ぎたあたりが人が極端に少なくなっていたんですが、今年はまるで森林限界を超えたように、登っても登ってもたくさんの人がいました。僕らが監修した「あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド2020」を読んで、交通機関がなくても、自分の足で箱根に登って観ればいいというムードができていたようです。

「赤い車」から沿道に呼びかけていたのは、なんとあの人?

 最後に、今大会で全体を通じて名場面といえたのは、「赤い車の物語」です。現地では選手が来る前にまずパトカーがやってきて、その後を赤い車が続き、そして白バイ、選手がやってきます。

 赤い車の役割は、「このあと選手が来ます、沿道から出ないでください」という呼びかけなのですが、今年は言葉が違ったんです。

「みなさま、今年も応援にお越しくださりありがとうございます。選手が通過するときには旗を振らないでください。私は選手に聞いたのですが、走っているときに旗の音しか聞こえないというのです。ですから、選手が通り過ぎる時は旗を振らずに、選手の名前を呼んだり声援を送ってください」と、往路復路で、沿道の人々に語り続けていたんです。

 話はこれだけでは終わりません。この声、どこかで聞いたことあるなと思っていたのですが、語りかけていたのはなんと今回箱根に出場できなかった山梨学院大の上田誠仁総監督だったんです。上田監督といえば箱根駅伝レース後に行われる大手町の報告会で、選手たちにまるで詩のような感動的な言葉を送ることで知られています。そんな上田監督が、沿道の観客に蕩々と語るわけです。この呼びかけにより、選手の名前を呼ぶという応援方法に変わり、沿道の雰囲気がガラリと変わった。まさに「令和の箱根駅伝」ですね。

構成/林田順子(モオ)