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グラムロックと出会いロック少女になる

 中学2年生のときに、父が再び東京に転勤になり、次は千葉へ引っ越すことになりました。千葉県千葉市。その後、歌手としてデビューするまでそこに住むことになります。

 ただ、室蘭に比べれば千葉は都会。誰も私には注目しなくなりました。千葉の子たちにしてみれば、田舎からやって来た子。存在感のない少女に逆戻り(笑)。でも、その頃になると、そんなことはどうでもよかった。洋楽のロックに夢中になったんです。

 クラスに1人だけいたロック好きの女の子と仲良くなって、グラムロックやハードロックを教えてもらった。T・レックス、シルヴァーヘッド、デヴィッド・ボウイ、ニューヨーク・ドールズ。彼女とは高校は別になりましたがずっと仲良しだった。

 初めてのロックコンサートも彼女と行きました。75年、高校1年生の夏休み。後楽園球場で行われた伝説のロックフェス『ワールド・ロック・フェスティバル』。国内外のロックバンドを内田裕也さんが招聘したんです。アメリカからはニューヨーク・ドールズにジェフ・ベック、日本からは四人囃子やカルメン・マキ&オズ……。でも、ロックコンサートがどういうものかもわからなかったから、お気に入りのチェックのワンピースを着て行ったんです。アイビールックのね。すると、みんなTシャツにデニム姿で、男の人は長髪で、女の人はほぼ全員ノーブラ(笑)。

 それで、次の日からガラッとファッションを変えました。Tシャツとデニムのロックスタイル。もちろんノーブラで(笑)。好きなものと出会ったらたった1日でスタイルを変えられる。私には「変わり身の早さ」という才能があるんですね、きっと。ライブでの「衣装の早替え」も得意ですが。

 それからは、そのとき好きな音楽と着るものがリンクするようになりました。服は、原宿のジーンズショップ。当時、パッチワークのデニムが流行って、お店へデニムを2本持って行くと、解体して1本のパッチワークデニムを作ってくれて、余った部分はバッグにしてくれるんです。

ハードロックが席巻した‘70年代半ば。ロック界の三大アイドル、KISS(『地獄への接吻』)、QUEEN(『QUEEN2』)、エアロスミス(『飛べ!エアロスミス』)が日本のロック少女の心をつかんだ。

 原宿へ行くのは日曜日でした。千葉から電車に乗って行くんです。原宿のセントラルアパート(現在の東急プラザ表参道原宿)の地下には、ロックファッションを扱う小さなブティックがたくさんあった。高校生だからお金もないし、そんなに買うことはできないんだけど、お店番のアンニュイなお姉さんたちに憧れたり、ウィンドウショッピングするのがすごく楽しかった。

 高校生の頃は、KISS、QUEEN、エアロスミスに夢中になりました。当時彼らは『ミュージック・ライフ』の表紙を飾る「ロック界の3大アイドル」。中でも私はKISSが大好き。77年の初来日はメイクだけして行きましたが、78年の来日のときはコスプレしました。母も衣装作りを手伝ってくれたんです。たぶん、こんな悪魔みたいな格好をした人の音楽を聴いて大丈夫かしらと思いつつだったんじゃないかな(笑)。私はギタリストのエース・フレーリーが好きだったので、シルバーの全身コスチュームを作りました。

KISS『Smashing Asses Over Tokyo-Japan Tour 1978』。野宮さんがコスプレで参加したライブの模様を収録。

 KISS好きというと意外だと思うかもしれませんが、私は夢を見させてくれるきらびやかなスターというものに憧れがあるんですね。ファッションの方向性は真逆なんですけど、KISSと野宮真貴はキラキラしたスターのヴィジュアルという部分で繋がっているんです。