ためいきしか出なかった棋譜並べの終盤
それから数年後、谷川ファンだというほっぺたの丸い生意気な小学生が師匠の教室にやってきた。
彼とはよく一緒に『谷川浩司全集』の棋譜を並べた。彼は一局並べ終わってから駒を並べ返すのが早く、先後どちらを選ぶかは、だいたい向こうの役割だった。彼はサッと勝つ側を持つ。
彼の短評付きの棋譜並べはとても楽しかった。私も勝手なことを言ったりもした。しかし終盤に入ると、もうどちらも、ためいきしか出なかった。収束が見事すぎるのである。
報道によると谷川九段は、いまのところフリークラスには転出するつもりはないという。永世名人資格保持者がB級2組で指すのは初になるが、いずれ誰かがやるであろうことが今回来ただけだ。過去に何度も復活を遂げてきた谷川九段は、また不死鳥のように蘇ることができるか。
ちなみに現在C級1組全勝の藤井聡太七段が今期順当に昇級し、B級2組、B級1組、A級、名人獲得と一気に突き抜ければ、谷川九段が持つ最年少名人記録(21歳2か月)を更新(20歳11か月)することになる。両者の直接対決が見られるかもしれない来期のB級2組は、がぜん注目度が増すことだろう。
A級順位戦は1月20日と24日に計3局が行われ、その結果により渡辺明三冠の名人挑戦が決まった。一緒に谷川全集を並べていた少年が名人戦の舞台に立つのは、やはりなかなか感慨深いものがある。
きっと当時の彼は、年上の名人に挑む自分を描いていたと思う。しかし現実の世界では、年下の豊島将之名人との対戦となった。竜王・名人の大二冠と三冠が激突する頂上決戦は、4月8日に東京で開幕する。
1月26日、日曜日。
NHK杯戦の▲丸山忠久九段-△佐藤康光九段戦は、佐藤九段のダイレクト向かい飛車に対し、丸山九段が早々の自陣角で局面を動かしていく展開だった。棋譜はこちら(https://www.nhk.or.jp/goshogi/shogi/score.html?d=20200126)。
堂々と銀挟みの変化に飛び込んでいき、そのまま銀損して頭を抱え、それでも最後にはハラハラドキドキの勝負形に持ち込んでしまう佐藤九段は、ある意味ではやりたい放題である。
それを冷静に対処して手際よくまとめた丸山九段は、威厳あふれる猛獣使いのようだった。
この将棋の観戦記は美馬和夫さんが担当。美馬さんが丸山九段のところにあいさつに行くと、丸山さんは「あっ、あの美馬さんですか!」と対局前とは思えない笑顔で応じていた。
美馬さんはアマチュアの強豪として有名で、特に穴熊が得意であるため、穴熊ならぬ「ミマグマ」と呼ばれて恐れられていたのだ。
会ってみれば普通の温厚なおじさんなのだが、ミマグマの名から熊のような大男を想像する人もいて、丸山九段も「もっと大柄な人だと思っていました」とニコニコしていた。
観戦記が掲載されるのは、広瀬-稲葉戦と同じく「NHK将棋講座」3月号。美馬さんが丸山九段のあの大きな扇子に鋭く迫る部分は、観る将のみなさんにぜひご一読いただきたい。