昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

 自宅に強制捜査が入ることの精神的な負荷は想像を超えるものだった。17年6月19日のことだ。ガサ入れの間中、事実上、身体拘束をされたうえ、家族写真から私信に至るまで、みずからのプライバシーを目の前で丸裸にされてしまうのである。尊厳をズタズタに切り裂かれてしまう。

 ボクや家内は被疑者であるから甘んじて受けなくてはならない。

 しかし、塚本幼稚園にも強制捜査は入っている。参考人に過ぎない幼稚園の女性職員に対して同様の仕打ちをすることまで許されてよいのだろうか。

独房に入れられた上、接見禁止措置が付けられていた

 逮捕されたあと、取り調べは大阪地検特捜部まで出向くものと思っていたのだが、すべて大阪拘置所内の施設で行われた。

 逮捕された日のことは記憶がまだらになっていてハッキリとは覚えていないのだが、ノートを見るとストックホルム症候群という言葉が書き付けてあるので、秋田真志弁護士、水谷恭史弁護士から教えてもらったのだろう。

《ストックホルム症候群とは誘拐事件や監禁事件などで、被害者であるはずの人質が加害者である犯人に対してシンパシーや同胞意識を持ってしまうことを指します。》

 この言葉の意味はのちに痛いほどわかるようになる。

写真はイメージです ©iStock.com

 ボクは大阪拘置所で独房に入れられた上、接見禁止措置が付けられていた。刑務官と事務的なやり取りをする以外、とにかくずっとひとりぼっちだった。

手を替え品を替え、自白するよう迫られる

 まとまりのある会話ができるのは堀木博司検事のみ。彼だけがボクにとっては世界に開かれた窓なのである。

 取調室はボクのいた房からかなり離れたところにあり、入ると外側から鍵を掛けられる。完全な密室なのである。開けるときは中からインターフォンを鳴らして開けてもらわなくてはならない。この圧迫感は経験した者しかわからないだろう。

 事情聴取の前に黙秘権の告知は必ず行われた。

 しかし、いざ取り調べに入ると、手を替え品を替え、自白するよう迫られる。

 本来なら、意図的に罪を犯した記憶がないので、認めるも認めないも、「ないものはない」としか言えないのだが、執拗に食い下がられるとまったく動揺しないわけではない。

z