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「ほうじ茶の喉ごしのような、すうーっとした印象」“右傾化”した椎名林檎の素朴すぎる語彙の正体

2020/02/07
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 サブカルチャー。この言葉を聞いて思い浮かべるものは、恐らく人によって様々だろう。ひとつの社会における主流文化に対して、その社会の一部の人々によって共有される副次的な文化……というような意味合いが、この言葉の一般的な使われ方ではある。

 ただ、戦後日本社会においては、サブカルチャーという言葉はある独特のニュアンスのなかで用いられてきたと私は考える。一言で言ってしまえば、それは文化の脱歴史化・非政治化とでも言うべき、「脱臭化」のニュアンスである。

 私=コメカと相方であるパンスとで構成される批評ユニット「TVOD」による初の著作『ポスト・サブカル 焼け跡派』は、時代を象徴する様々なミュージシャン・アーテイストに言及し、戦後日本のサブカルチャーを取り巻く文化的な精神史を描くことを試みた本だ。そしてその精神史の探求は、先述したような「脱臭化」の作法を活用し消費社会的状況を謳歌した日本が、いつの間にか「焼け跡」化していく軌跡を追うことになっていった。

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 以下に、本書のゼロ年代編で扱った椎名林檎の章を転載する。この作家は「70年代以降の日本のサブカルチャー」をある意味で象徴するような存在だと、我々は考えている。(前後編/後編を読む)。

椎名林檎は本当に「右傾化」したのか?

パンス    以前J‐POPオンリーのDJをする機会があって、そこで椎名林檎「茜さす 帰路照らされど…」をかけたとき、フロアが「わーっ、最高!」って反応になったのが忘れられないんだよな。うれしかった(笑)。みんな普段はクラブミュージックを聴いている感じ。かつ僕らと同年代で、1980年代前半生まれ。この求心力は何なんだろうと考えてるところ。

2015年、「東京グランドデザイン」策定に向けた検討会の初会合に出席した椎名林檎 ©共同通信社

 一方でここ数年では、2020年東京オリンピックに際して「国民全員が組織委員会。そう考えるのが、和を重んじる日本らしい」(『朝日新聞』2017年7月14日付)と述べたり、ちょくちょくと出てくる「愛国ソング」の話題において代表格として認識されているふしもある。ただ、ひとくちにそれを「右傾化」と認識してしまうのには少し引っかかるところがあって。

ポスト・サブカル焼け跡派 百万年書房

コメカ    僕らみたいな80年代前半生まれの人間にとっては、共通体験としての椎名林檎の大ヒット、っていうのはあるよね。リアルタイムでのサブカルスターが初めて出てきた感じっつうか。渋谷系とかは少しだけ前の世代の人たちのものって感じだったから。

 んで、X JAPANでヴィジュアル系について話した時に触れたような、文脈から記号を切り離し、それらを寄せ集めて何かをつくるような態度……サンプリング主義的な態度ですね、椎名林檎はそういう態度を非常に上手くかつ無自覚にやっていた人ではないかと思っていて。