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「ほうじ茶の喉ごしのような、すうーっとした印象」“右傾化”した椎名林檎の素朴すぎる語彙の正体

2020/02/07
note

デビュー当時からの文語使用、和風ビジュアルの意味

コメカ    デビュー当時からの文語体使用だったり、和風ビジュアルだったり、近年のオリンピック関連の発言だったり、そういう諸々の事象についても、本質的な問題としてあるのは右翼的なイデオロギーではなくて、そういうサンプリング的な軽薄さにあると思うんですよね。

パンス    そもそも「日本共産党」って書いてあるメガホンとか持って歌ってたし。「幸福論」のデビュー当時から『無罪モラトリアム』の頃は、あれ、川本真琴みたいな感じのシンガー? いや、しかしそれより禍々しいものを感じさせるな? でもこれコスプレ感覚なのかな? と、けっこう判断に迷いつつ受け止めてた。よく戸川純の系譜みたいに喩えられるけど、それより圧倒的に単純なデザインになっている。

『無罪モラトリアム』(椎名林檎)

 通底している文脈は「なんとなくオルタナっぽい」とか「系」とか、非常に軽薄なもの。しかし、楽曲はとても良いんだよね。見た目に感じたモヤモヤを越えるくらいメロディがキャッチー。で、結果よく聴くようになりました。

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コメカ    実は戸川純と音楽的な接点はほぼ無いんだよね。キャラクターイメージだけで引き合いに出されることが多かったわけだけど、まあ日本っぽい記号を多用していたという点では確かに共通項はある。

 ただ、日本的記号を持ち出すとき、戸川純には諧謔や「あえて」それをやる、という悪意が感じられた(野坂昭如「バージンブルース」カバーのビデオでは、国会議事堂をバックに戦争孤児風衣装で歌い踊っていたりする)のに対して、椎名林檎の表現にそういう感覚は感じられない。文語体使用にしても旭日旗風デザインにしても、本気でかっこいいと思っているんだろうなーと感じさせる順接感(笑)みたいなものを感じる。アイロニカルじゃないんだよね。