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2020/02/15

櫻井翔が語るライブへの想い

 スタッフの側にたてば、面倒くさいことを言い出したようにも思える。これではいつまで経ってもなにも進まないではないかと。一方で第1話のある場面を思い出しもする。

 それは櫻井翔が語るライブへの想いだ。「(ファンが)どれくらいの想いでその席に来ることが出来たのか、どんだけ化粧して、どんだけオメカシして、どの服着て、いつから楽しみにしてその日迎えて、そういうひとたちの想いを死守しなきゃって」と述べるのだった。

©iStock.com

 嵐のメンバーのファンへの想い、松本潤はそれを表現するためにひとり考え続けながら「ディレクション」をし、それを守るために「プロデュースというもの」をやっている。なおプロデューサーとは、見たくないものを見て、聞きたくないことを聞き、言いたくないことを言うのが職責である。

 第2話は、こうした松本潤の「ちょこっとずつ」の日々で進んでいき、尺のほぼ中程にいたると一転する。大野智のダンスショットを挟んで、5人がついに踊りはじめるのだ。「みんなで動き始めたら、急に動き出した感じだね」と松本潤は笑う。それは作中で初めて声に出して笑う場面であった。そんなふうにしてひとつのパートが出来上がっていくと、またひとりに戻った松本潤は「進んだんだか、進んでないんだか」といって稽古場を去って終わる。

 ここに見るのは、出来上がった人間関係だ。


 たとえば衣裳打ち合わせの場面で、櫻井翔は「餅は餅屋」といってその輪に入っていかずにラーメンを食べ続ける。アイドル同士が議論したり泣いたり励まし合ったりの葛藤や友情の物語などここにはない。ディレクションするのが松本潤の役割であり、その場に立ち会い続けるのが他のメンバーの役割である。そうやって「仕事」しているのだ。

 また稽古場では、スタッフはスタッフで各々の仕事をしていて、松本潤が「お疲れ様でした」と言ってそこを去る際、立ち上がって挨拶したり見送ったりする者は見られなかった。演者は特別なものだが、過剰な気遣いはしないのだろう。

 その点において、松本潤はもとより、相葉雅紀、二宮和也、大野智、櫻井翔もエンターテイメントの実務者である。そして、嵐は「アイドル」に違いないが、舞台裏においてはなにかを作り上げていく面倒くささと向き合うひとの営みがあって、それも嵐なのだなと、そんな思いにいたる作品であった。

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