私たちは今、ある意味でユートピアに住んでいると、オランダの歴史学者でジャーナリストでもあるルトガー・ブレグマンは言う。昔の人々には想像もつかないほど豊かで健康的な暮らしを送り、より高いレベルの教育を受けている。だがその一方で、この後どんな世界を目指すのかという新しいビジョン、 新しいユートピアについてのアイデアが、私たちには決定的に欠けていると、ブレグマンは指摘する。
 著書『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』の中で、ブレグマンは次のユートピアを実現するための3つのアイデアを提唱している。すべての人に無条件で、生活に必要な最低限度の現金を支給するユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)。週15時間程度までの労働時間の大幅な削減。そして、国家間の格差を是正し成長のチャンスを創る、世界中の国境の開放である。
 同書の日本での出版に合わせてブレグマンは来日し、5月16日(火)に慶應義塾大学ビジネススクールで講演を行った。以下はその要約である。

“無条件に”最低限必要なお金をすべての人に与える

 

 ベーシックインカムは、『ユートピア』の著者として知られる約500年前のイギリスの哲学者、トマス・モアが提唱したものです。食べ物、住まい、教育という、生きていく上で最低限必要なニーズを満たせるだけのお金をすべての人に与え、貧困を根絶するというアイデアでした。ユニバーサルというのは、就労中かどうか、どのくらい生活に困っているかなどを問わず、“無条件に”給付するという意味を強調したものです。

30年間、忘れ去られていた“ユートピア”の実験

 1974年のカナダでの実験では、同国ウィニペグ市の小さな町のおよそ1000世帯に、ベーシックインカムが給付されました。ところが4年を経たところで政治的理由によって予算が打ち切られ、集めたデータの分析もなされないまま、実験のことは忘れ去られていました。

 2004年、カナダのある大学教授がこの実験の存在に気づき、5年後にようやくそのデータを発掘して分析したところ、実験はたいへんな成功を収めていたことが判明したのです。医療費や犯罪率が下がる一方、子供たちの学校での成績は大きく向上していました。現金を支給された彼らは、ベーシックインカムで得た自由を、有効に活用していたのです。

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 アメリカのすべての貧困層を、ベーシックインカムで貧困ライン以上にひき上げるためにかかる費用は1750億ドル。アメリカのGDPの1%以下、軍事予算の4分の1にすぎません。私は子供の貧困問題についてのリサーチも行っていますが、日本で子供の相対的貧困率が16%(2012年調べ)もあると聞いて、たいへん驚いています。国の未来のすべてが彼らに依存しているのに、その16%もが貧困の中で成長を強いられる状況はナンセンスです。