人間の脳は進化していない。歴史は生きた教材だ
──そうやって考えながら歴史を見ていくと、いろんな人間の行動が理解できるようになりそうですね。「夜間授業」でも、「定住以降、人類の脳は進化していないのだから、喜怒哀楽も経営判断もずっといっしょ。だから、昔のことを勉強することは役に立つ」という話をされてましたよね。
出口 「いま上司が怒ってるのは、あの時あの王様が怒ってたのと同じやな」とか、「あのときに反抗した部下はクビを切られたから、自分は黙っていよう」とかね(笑)。
──会社での身の処し方も学べると。
出口 人間は昔も今も、同じようなことを考え、同じように判断し、同じような行動をしてきた。逆にいえば、誰かの行動が理解できないということは、歴史の見方がまだ甘いということ。同じ人間なんだから、理解できるはずですよね。
つまり、歴史は生きた教材なんですよ。事実は小説よりも奇なり。作られたビジネススクールの教材より、歴史のほうがおもしろいはずです。すこしリテラシーを上げて、いろんなものを結びつけて世界を全体としてとらえるようになれば、いろんなことに気がつくようになりますよ。
──そこまでいけたら、歴史を読むのはますます楽しくなるでしょうね。
出口 どんなことでも、「分かる」って楽しいんですよ。以前、イスタンブールの博物館でアレクサンドロス大王の石棺を見たんです。ものすごく立派な彫刻が施されていて、じーっと見ていたら、トルコ語でも表記があって、「イスカンダル」と書いてある。アレクサンドロスをトルコ語に直せばイスカンダル。「あ、『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるイスカンダルって、アレクサンドロスだったのか。世界の果てまで行った大王と銀河の果てをかけていたのか。松本零士もアレクサンドロスが好きやったんやな」と連想が働く。
──なるほど。ぼくも同じものを見ましたけれど、そこまで連想できませんでした……。講義のあとの質疑応答でも、いつも立て板に水で答えてらっしゃいますし、出口さんには知らないことはないんじゃないかとさえ思えてきます。
出口 いや、ぼくも知らないことは山ほどありますよ。たとえば、いま週刊文春に連載している「0(ゼロ)から学ぶ『日本史』講義」でも、分からないことが出てくるたびに、友人の日本史の先生に聞いているんです。
たとえば、奈良時代には光明子という有能な皇后がいて、年下の藤原仲麻呂(恵美押勝)を猫かわいがりしていました。二人は男女の関係にあったんじゃないかと思うほど仲がいいんですが、不思議なことに、宗教政策では正反対のことをしている。
光明子は夫である聖武天皇の推し進めた仏教を大事にするんですが、仲麻呂は儒教に傾倒していく。仲麻呂にとって光明子は愛人であり、自分の権力の根源でもありますから、「わたしも仏教を勉強します」と言いそうなものなのに、そうしなかった。
なんでなのか分からず、友人の先生に聞いたんですが、やはり分からない。想像をまじえて解釈するしかないんですが、光明子にとって仲麻呂は年下の“ポチ”でしょう。「中国にかぶれて、儒教、儒教と言っているけれど、好きにやらせておけばええわ」と鷹揚に構えていた可能性があります。掌の上で遊ばせていたという、“光明子お釈迦様説”です。
もうひとつは、逆に仲麻呂が光明子をメロメロにさせていて、「おれが何をしようと、彼女はいうことを聞くだろう」と考えていた可能性もありますね。
──う~む、現代の格差婚とか不倫の問題にも通じますね。歴史というフィルターを通すと、社会や経済を見る目だけじゃなくて、キャリア、恋愛、結婚など、人生の諸問題に対する心構えも変わってくる気がします。
出口 こんな話をしていると、また会社の若い社員に「出口さん、下世話な話をしないでください」と叱られてしまいそうですが(笑)。
──いやいや、そういう脱線も含めて、出口さんの歴史の話は本当におもしろいです。次回の講義も楽しみにしています!
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