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出口治明「歴史の本を出すきっかけは、ツイッターでした」

知識と教養の違い。バカロレアの問題が解けるか?

──漫然と読むのではなく、「考える」のが大事なんですね。

出口 そこが知識と教養の違いでしょう。ぼくが30歳をすこしすぎたころですかね。英国大使館の英国人と飯を食っていたら、「日本人はなぜあんなテレビCMを許しておくんだ?」と言われたんです。

「法被を着たおじいさんが拍子木を叩きながら、『戸締まり用心、火の用心』と言うCMがあるだろう」「あるよね」「同じおじいさんが別のCMでは『人類みな兄弟』と言っている」。ぼくは「どっちもべつに悪いことは言うてへんな」と思った。でも、彼の見方は違った。「あのおじいさんはクレイジーだ。人類がみな兄弟だったら、戸締まりはいらないじゃないか」と言うんです。

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──なるほど、言われてみれば矛盾してますね。

出口 これが教養ですよね。ぼくはそのCMを知識としては知っていた。でも、おじいさんの言っていることの矛盾には気づかなかった。知識と知識をつなげて組み立て、自分の頭の中で整理する能力が教養。「知識×考える力」が教養だといってもいいんですけれど。

──上司からおりてくる本を我慢して読んだり、仕事に役立てようと思って読むと、ただの知識になってしまう。

出口 しかも、おもしろくないから、すぐ忘れるんですよ。読書を含めて何事も好きこそものの上手なれということに尽きるんですよね。

──ただ、学生時代は歴史って詰め込み式の代表科目みたいなところがあったから、苦手意識を持っている人もいるかもしれません。

出口 それについては、この試験問題を見てください。好きなテーマをひとつ選んで、4時間で書くんですが。

(人文系)
・知るためには観察するだけで足りるか?
・権利をすべて行使することは正当か?
・以下にあるジャン=ジャック・ルソーの『人間不平等起源論』の抜粋テキストを解説せよ。

(経済・社会系)
・理性はすべてを説明しうるか?
・芸術作品はすべて美しいか?
・以下にあるトマス・ホッブズの『リヴァイアサン』の抜粋テキストを解説せよ。

──うっ……ひとつも書けない気がします。これ、どこの試験ですか?

出口 フランスの大学入試、バカロレアの問題なんですよ。おもしろいのは、人文系の学生にはルソー、経済・社会系にはホッブズを選んでることですよ。ルソーは原始状態の人間は平和で平等で、みんなが助け合う。だから直接民主制がいいんだという思想。それに対して、ホッブズは「万人の万人に対する戦い」が人間の本質だと考え、国家を重視した。あえて正反対の教材を選んでいるんですよ。よく考えられた問題です。こういう試験を受けて大学に行く学生は幸せですね。

©文藝春秋

──ヨーロッパの知識階級の人たちに教養があるというのは、こういうことなんですね。歴史をただの知識じゃなくて、「人間とは何か、社会とは何か」ということを考える材料にしているというか。

出口 ぼくが文藝春秋の「夜間授業」でやっているのもそういうことなんです。なんでこの時代にこういうことが起こったのか? その相互の関連はどうなのか? 常にそういうことを考えてほしいと思っています。

──たしかに出口さんの講義を聞いていると、「あの話とこの話がここでつながるのか!」という知的興奮のようなものを感じます。

出口 その一方で、「なんや、人間のやってることは昔も今も変わらへんな」と思うこともあるでしょう。