最近、息子のニュースの流れで「船越英二」の名前を目にする機会も増えている。
一見すると甘い優男にしか見えないのだが、その役柄は幅広かった。しかも見た目と異なり、『野火』での飢えた日本兵、『黒い十人の女』での女たちの間を飄々と泳ぎ回る遊び人など、どこか異常性を孕んだ役柄も得意としていた。
中でも特に常軌を逸した芝居を見せた作品が、今回取り上げる『盲獣』である。
船越の演じる主人公・道夫は盲目のマッサージ師。彼の目的は、手に残った客の女性の感触をオブジェとして再現する「触覚芸術」を完成させること。倉庫を改造したアトリエには、無数の巨大な耳など、異様なオブジェが並ぶ。そして、モデルのアキ(緑魔子)の肉体に理想の造形を見出した道夫は、彼女を誘拐して倉庫に監禁してしまう。
これだけ書くと、自らの欲望のために女を拘束する、悪魔のような変態監禁犯――と思うところ。だが、それを船越が演じることで、全く異なる印象を受けることになる。
絶えず悪意のない無邪気な表情に素っ頓狂な声。そして喜怒哀楽を隠さない――そんな様が「純粋な男」としか思えてこないのだ。「僕は君が好きだ!」と一途な想いを告げる場面では可愛らしさすら覚えるほどだ。
アキは脱出のために道夫を誘惑するのだが、ここでも船越は、アキを信じて疑わない道夫をナイーブ全開で演じているため、アキが被害者であるにもかかわらず「イヤな女」に思えてくるという、恐ろしい逆転現象が生じている。
しかも、これだけでは終わらない。アキの策略のために道夫は最愛の母(千石規子)を死なせてしまう。そして道夫はアキの本心に気づく。ここから、船越の表情は一転する。狂気に憑かれた冷たい雰囲気を醸し出して、アキにシャベルで頭を一撃されても「暴れても無駄だよ」と微動だにしない。恐怖に駆られたアキの絶叫が空しく響くのみ。
さらに凄まじいのは終盤だ。アキは次第に視力を失う。そして道夫に惹かれるようになり、二人は暗闇の中で肉体を重ね合わせ、欲望のためにひたすら快楽を貪っていく。そしてついには互いの身体をナイフで傷つけ合うことに悦びを覚える。この時、緑は欲望の制御が利かなくなった愉悦の表情を浮かべ続けるのだが、船越は違った。エクスタシーと同時に、どこか苦しみを帯びた葛藤が見え隠れしているのだ。だからこそ、この男女が欲望の果てにとった最後の行動が、その異常性に反して物悲しく思えてくる。
愛には、考えもつかない結末がある――。船越父子からそう教えられる今日この頃だ。