最年少で松本清張賞を受賞したデビュー作『烏に単(ひとえ)は似合わない』から5年が経ち、累計80万部を突破した「八咫烏シリーズ」がとうとう第1部完結。
著者の阿部さんに、今の心境を尋ねると「長い物語の一区切りですが、爽快感はないですね。このシリーズを通して表現したい最低限のラインを超えたという感覚です」と意外な答えが返ってきた。
本シリーズの主役は、人の姿に転身する能力を持つ八咫烏の一族。彼らが暮らす異世界・山内(やまうち)を舞台に、一族を統べる若宮と近習の青年・雪哉たちが、天敵とされる人喰い猿と熾烈な闘争を繰り広げる様子を描く和風ファンタジー小説だ。かつて烏と猿は共に協力し、山神に仕える立場にあった。しかし100年後、猿は山神と結託して八咫烏を滅亡に追い込もうとしている。2つの種族はどこで袂を分かったのか――。
「『弥栄の烏』は、シリーズ全体を大きく覆す結末にしたいと考えていました。巻を重ねるごとに、読者は八咫烏と同じ視点に立ち、若宮や雪哉たちに対する愛着や親近感を抱いたはず。本作では、これまで変わりようがないと思われてきた八咫烏と猿の関係が、大きく変化する瞬間があります。『常識や善悪とは何か』と疑問を持ってもらえれば御の字です」
化け物におちぶれ、烏の脅威と化している山神の“名前探し”も読み所の1つだ。数十年に1度出現する山内の長・金烏(きんう)は歴代の記憶を継承して生まれるが、若宮は不完全な金烏ゆえ誕生以前の記憶がない。さらに山内では過去に焚書が行われ、文献の多くが消失しているのだ。山神の名前探しは歴史の再構築へ繋がり、秘密に包まれた山内の起源が暴かれる。
「神の名前は神の存在そのもの。例えば『千と千尋の神隠し』ではコハク川の神が名前を取り戻し、本来の姿に戻ります。同様に、山神の暴走を止めるには『山神』以外の名前を発見して元の姿に戻すしかありません。山内に受け継がれる口伝や実在の神社に祭られた神々の由来等を手掛かりに、若宮らが謎に迫る過程にも注目してほしいです」
作家業のかたわら、早稲田大学文学学術院の博士課程で東洋史を研究する阿部さんだが、今後の展望は?
「有難いことに仕事が増えた一方で、学業との両立がままならず、少し焦っています(苦笑)。第2部の構想については『弥栄の烏』より未来の物語を書く、とだけお伝えしておきます」
『弥栄の烏』八咫烏シリーズ6
八咫烏一族が支配する異世界・山内を舞台にした和風ファンタジーの第6弾。八咫烏の長である若宮は、天敵とされる人喰い猿との確執を憂いていた。そんな折、山内は大地震に襲われ、結界にほころびが生じる。禁門が開き、絶体絶命の危機に瀕した山内を救うため、若宮は苦渋の決断を下すが――。