早朝から働いている外国人社員は夕方5時や6時になるとさっと帰ってしまう。しかし「実働時間」で考えると実に効率的な働き方をしているともいえるのである。
一方の我々日本人スタッフはどうだったであろうか。まず、言い訳になるが通勤時間が長い。外国人スタッフは赴任手当のようなものがあるので、代々木や広尾といった都心部に与えられた住宅からやってくる。しかも車での通勤はあたりまえ。
ところが日本人スタッフは朝の「くそ混み」電車で通勤は1時間。最初からハンデがある。だが彼らの仕事での集中力は、我々日本人には到底かなわないようなものだった。
日本人は意外と「働いていない」時間が多い
日本人は昼間も雑談をしたり、ちょっとお茶をしたり、意外と「働いていない」時間が多くある。仕事のストレスを解消にちょっと一杯などと居酒屋にいたりすれば、翌日の仕事効率にかえって支障が出たりする。結局積み残した仕事を休日も会社に出てきて片付けることとなる。
私から見ていると外国人は休日をしっかりと「休む」。「休息」するために平日は猛烈に働くという概念が確立しているように見えた。これにはキリスト教の倫理観もおおいに影響しているのではないかと思われる。日本人はこうした時間調整能力に欠ける傾向がある。結局週末にやればいいや、と仕事を「先送り」してしまうこともありがちだった。
それでいながら、日本人の多くは、自分は「勤勉」で「一生懸命」にやっていると考える傾向にある。たくさんの時間を費やしたから、とか、ものすごく苦労をしたから「評価される」あるいは「評価されてよい」と考えがちだ。
「がんばった」だけでは評価されない
今の日本の企業社会でも「がんばった」ことは当然にして評価されるべきだという概念がある。ところが、私の勤めた外資系コンサルティングファームでは、この論理は全く通用しなかった。
私が参加したあるプロジェクトが終了したときに、そのプロジェクトをふりかえりながら各人の評価が行われた。そのプロジェクトはデータも膨大で、分析には大変な労苦があった。毎日死ぬほど残業し頑張ったプロジェクトだった。ところが私についた評価は、当人としては到底満足できる水準のものではなかったのだ。