新型コロナウイルスが猛威を振るう中国で、電気自動車メーカー「BYD」や、iPhone量産を請け負う「富士康(フォックスコン中国)」らがマスク量産を行うと発表し、動いた。人が動けない危機的な状況において、業界外の中華企業が驚きの一手を出した。驚きの一手を出す中国企業の行動には法則性があり、そのトップの根本には同じような起業家精神がある。中国語版の原著は2015年に出版されてはいるが、本書刊行後のBYDや富士康のこの動きもまた、本書で繰り返し説明される法則に当てはまっている。
中国を長くウォッチすればするほどに、中国のルールやパターン、あるいは中国人の行動原理が見えてくる。1956年生まれで中国国内外のコンサルティングを手掛け続けるツェ氏は、そのキャリアに比例して中国人起業家たちの行動原理を理解し、言語化している。私も長く中国の一側面を紹介してきたつもりだが、年月に比例した経験から出る言葉の説得力にはかなわない。今でこそ中国は経済大国であり、有力企業が多数あることで知られている。しかしこれまで西側から随分と中国について過小評価されて悔しい思いをしたのではないか、そんなツェ氏の悔しさも感じ取れた。
実例としてネット企業や起業家が多数登場する。「アリババ」の元会長「馬雲」氏や、「シャオミ」の「雷軍」氏はその中のほんの一例だ。雷軍氏の名前は知っていても、アマゾン中国にECサイトを売却した話や、中国で最も重要なサービスのひとつである「美団」をつくった王興氏が、フェイスブックやツイッターの模倣サービスをリリースしていた話など、自称中国通でも知らないのではなかろうか。中国通の中国インターネット史、中国経済史の知識の補完にも役に立つだろう。
執筆当初は輝いていたトップ企業の幾つかは、現在はどん底に落ちている。それほどまでに中国市場は過酷で残酷だ。予測不可能な企業間の競争、あるいは突発的で時に理不尽な政策を受けても生き残るように、常に変化しつづけることが望まれている。過酷ではあるが、民間企業が徐々に、そして確実に中国社会を変えている。それが起業家のモチベーションとなり、別業界のマスク生産への参入につながったのだろう。
すっと読めて違和感を感じないのは、日本語の訳が優れているだけではない。私がさんざん周りの中国の友人から聞かされた、企業マインドや垣間見る中国(人)のプライドが詰まっているのだ。体制の違いによる常識のズレが生む違和感は、本書でも再現されている。違和感はあって当然の上で、首をかしげながらも何回も読むことを推奨する。中国企業を理解するということはすなわち、中国人起業家を理解し、ひいては中国政治体制下の14億人の中で生き抜く中国人を理解することなのだ。
Edward Tse/中国系戦略コンサルティング企業創業者兼CEO。長年中国のビジネスに携わってきた。「ハーバード・ビジネスレビュー」などへの寄稿も。他の邦訳書に『中国市場戦略』がある。
やまやたけし/1976年生まれ。ジャーナリスト。著書に『中国のインターネット史』、『中国S級B級論』(共著)などがある。