会ったことはないのに、よく知っている大好きな誰かの伝記を読むようだった。
ロサンゼルスで生まれて、生真面目な、思慮深い、時には風変わりな、たくさんの「本を読むことの伝道者」たちの情熱で育てられた。
建築家バートラム・グッドヒューが瞑想してもらいたいと願った、装飾過多で優美な? 醜悪な? 物語の中へ入っていくようだと称賛されたおとぎの城のような建物。
まわりの人たちに愛され、頼りにされ、自分をみつける大切な場所となり、それぞれの思い出の場所となり心に刻まれ老いていった。
そして、火災にあい死んでしまったロサンゼルス中央図書館。
110万冊の本が黒こげになり、水びたしになった。この世にもう戻ってこない本たちの無念さがたちのぼるようだ。
行ってみたかったと思う。物語の迷宮をさまよってみたかった。来館者がさまようことがないように、司書たちは訓練されているそうだが、さまよう楽しみだってある。
出火の原因を探しながら図書館の生い立ちをていねいにたどる。図書館にかかわった多彩な人たちの生きざまに、こんな人たちが現実に生きていたのか! と目をみはった。男性ではないという理由だけで館長の職から追い出されたメアリ・ジョーンズ。その後の館長となった奇人チャールズ・ラミス。物語性満載だ。
放火犯とみなされたハリー・ピークの一生にさえも作者の厳しい、でもどこか温かいまなざしを感じる。
この温かさは作者がこの物語で自分の母親との時間を記憶に遺そうとしたからだろう。
小さい頃、母親に手をひかれて通った。その図書館の思い出を共有できたのに、でも今、認知症を患う母親はその記憶を失いつつある。作者を本の世界に導いてくれた母親への温かな思いがこの本の底に流れている。
自分の力でなんとか抱えられるだけの本をよたよたと貸出カウンターへ運ぶ。その作者の子どもの頃の姿に、自分の子どもの頃や母親と図書館へ通うたくさんの子どもの姿が重なった。
その子たちの未来に図書館は存在するのかと思う。本という形がこの世から消えてしまう日が来るかもしれない。でも、物語の魔法がつまった図書館という場所は、誰にでも開放された平等な知識の城として残っていくのだろう。
この本は、本たちと司書たちと来館者たちの物語だった。図書館の個性はそこに集まる人間たちの個性だ。
私が子どもの頃通った図書館の司書は、ロサンゼルス中央図書館の司書に負けず劣らず個性的で怖かった。未だに初めての図書館でこっそり酢昆布をなめてみる。すぐさま司書が飛んでくるかどうか? ためしてしまうのはその名残だ。私も『気まぐれウーリーという小さなおもちゃの編み方の本』を探してもらいたい。
Susan Orlean/1955年オハイオ州クリーヴランド生まれ。ジャーナリスト。『ボストン・グローブ』紙などのスタッフ、コラムニストを経て、92年より『ニューヨーカー』誌のスタッフライターを務める。他の著書に『蘭に魅せられた男』など。
かしわばさちこ/1953年岩手県生まれ。児童文学作家。『霧のむこうのふしぎな町』『岬のマヨイガ』『湖の国』など著書多数。