「我が組織にとって疫病神なのか」

 ある法務・検察幹部はぼやく。政界屈指の“美魔女”として、一部男性ファンからの人気も根強い森雅子法務大臣のことだ。貧しい家庭で育って立身出世し、安倍晋三首相からは「女性総理候補の1人」と持ち上げられる森氏とは、いかなる人物なのか。そして今回、なぜ、窮地に追い込まれることになったのか——。

貧困から努力を重ね、弁護士の夢をかなえた

 森氏は1964年生まれの55歳。福島県いわき市に生まれ、12歳の時に父親が財産を失ったため、借金の取り立てにおびえて学校にも通えないという経験をしている。この際、ある弁護士が業者との間に入り、家族を救ったことから、森氏は弁護士になろうと決意した。

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 貧しい暮らしの中で猛勉強し、見事、東北大法学部に進学。大学在学中もアルバイトをしながら勉学に励み、5回目の挑戦で難関の司法試験に合格した。努力に努力を重ね、弁護士の夢をかなえたわけだ。

2012年 第2次安倍内閣で少子化消費者担当相に決まり官邸に入る自民党の森雅子氏 ©時事通信社

 そこからのキャリアは、シンデレラストーリーだ。結婚して子どもをもうけ、日本弁護士連合会の留学制度を利用して子連れで渡米。帰国後は金融庁に入庁し、貸金業規制法関連の法整備に従事した。2006年に一念発起して政治家を志し、福島県知事選に出るも落選。翌07年の参院選に出馬して当選を果たし、現在3期目を務める。

東日本大震災、福島選出の国政議員として発奮

 その1期目に東日本大震災が起きる。福島選出の国政議員として、森氏は発奮した。当時は民主党政権で、所属する自民は野党。弁護士の強みを生かし、国会では法務委員会の委員を務めた。その時の出来事が今につながる。

 震災翌月の11年4月の参院法務委員会。森氏は「福島県内において、震災後、犯罪が多数発生しておりますが、(その背景として)福島地検の方で処分保留の釈放が増発された」と、当時の江田五月法相を追及する。これに対し、江田法相は「福島地検による被疑者の終局処分をしないままの釈放について、大変地域の皆さんにもご心配をかけたことを、これは率直にお詫びをしなければならぬと思っております」と陳謝している。