昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載文春図書館 著者は語る

江戸時代に100万円で離婚を手伝ってくれる公事宿が存在していた?

著者は語る 『わかれ縁(えにし)』(西條奈加 著)

『わかれ縁(えにし)』(一ノ瀬俊也 著)文藝春秋

『涅槃の雪』『まるまるの毬』『隠居すごろく』など、江戸に暮らす人々の機微を巧みに描いた時代小説で人気を博す西條奈加さん。

 最新作『わかれ縁』は、江戸の離婚模様を描いた連作短篇集だ。

「江戸時代の離縁について書かれた本を読んだら、すごくおもしろくて、それをテーマに小説を書きたいと思いました。特に三行半(みくだりはん)は夫にしか書けず、妻に権限はなかったことに興味を惹かれて。その事実から、夫が好き勝手に妻を離縁する男尊女卑の社会をイメージしていましたが、必ずしもそうではなかったみたいです。たとえば、三行半を書く際によく使われた常套句のひとつに『我等勝手ニ付』がありますが、それは建前。実際は、妻から願い出た離縁も結構あったといいます。他にも夫婦は財産を別に持つなど、想像していたよりは進歩的だったようです」

 結婚して5年。金にも女にもだらしなく定職にもついていない夫・富次郎に、絵乃はほとほと愛想が尽きていた。絵乃が働いて稼いだ給金は富次郎にことごとく使い込まれ、借金取りが雇い先の店にまで押しかけてくる始末。離縁を迫っても、金蔓の女房を富次郎が手放すはずもなく、のらりくらりとかわされて身体ごと丸め込まれてしまうのだった。そんな苦境に立たされた絵乃が流れ着いたのは、離縁の調停を得意とする公事(くじ)宿「狸穴屋(まみあなや)」。聞けば、公事料十両で離縁を手伝ってくれるというが――。

「現在の貨幣価値に換算すると、十両はだいたい100万円。もちろん時代によってお金の価値は変わるのですが。実は、この金額はまったくの創作です。いろいろな資料に当たってみたものの、公事宿の手間賃は書かれていませんでした。そこで現代の弁護士費用を参考にして100万円ならば説得力があるのではないか、と。絵乃にとっては高いけれど、頑張って働けば支払えないことはない。このまま結婚生活を続ければ、有り金をすべて夫に吸い取られてしまうと考えれば安いとも思える値段です」

 絵乃をはじめ、本作に登場する女性は皆、実にたくましい。狸穴屋を切り盛りする女将は、自身も7度の離婚を潜り抜けた百戦錬磨だ。ひょんなことから絵乃は狸穴屋で手代として働くことになり、女将の導きのもと、人生を切り拓かんと奮闘する。

「私は『男だろうが女だろうが職を持って自立しなさい』と徹底して両親に教えられ、男女差がとても少ない家庭環境で育ちました。ところが世間に出ると、女性だけがお茶汲みを強いられるような悪しき習慣が残っていて。女性の立場は未だにこれほど不自由なのかと、悪い意味で目から鱗でした。絵乃も公事宿の女将さんも、私にとっては当たり前の女性像です。ところが、旧態依然とした風潮に鑑みて“強い”と感じられる読者の方もいるみたいですね」

西條奈加さん

 表題作の他、いがみあう武家の嫁姑をみごと仲裁する「双方離縁」、才能ある跡取り息子の親権をめぐって争う「錦蔦」など六篇を収録。厄介な依頼を解決しながら、絵乃は己の離縁を実現できるのか? 最後には男尊社会に対する意趣返しとも取れる、痛快な結末が待っている。するすると読みやすく、初めて手に取る時代小説にも、うってつけの一冊だ。

「今の法律では、完全にアウトですよね(笑)。現代が舞台の小説では使えない手かもしれません。時代小説という、ある種のファンタジーだからこそ書ける結末を楽しんでもらえれば嬉しいです」

さいじょうなか/1964年、北海道生まれ。2005年『金春屋ゴメス』で日本ファンタジーノベル大賞大賞を受賞してデビュー。12年、『涅槃の雪』で中山義秀文学賞、15年『まるまるの毬』で吉川英治文学新人賞を受賞。

わかれ縁

西條 奈加

文藝春秋

2020年2月21日 発売

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー