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戸田さんは「脚本に感嘆符が書いてありますから」

――戸田恵梨香さんは、年齢に応じたその時々の喜美子を、いつも新しい表情で演じられていましたよね。

水橋 全編を通して「仕事を持つ女性を描く」ことを大切にしながら、喜美子が結婚してからのパートに大きなテーマを構えた作品でもあったので、30歳前後の女優さんに演じてもらおうと話していました。やはりそこは若い女優さんには難しいのでは? ということで。戸田さんは、脚本をしっかり読み込んで下さって、繊細な気持ちをとても丁寧に演じてくださいました。「脚本に感嘆符が書いてありますから」と「!」の一つとってもきちんと考えて下さってると聞いてからは、ますます、どんな1文字でも真剣に慎重に書いてました。戸田さんに喜美子を演じていただけて、喜美子も幸せでしたが、私も脚本家として本当に幸せでした……。

「スカーレット」列車の出発式に登場した戸田恵梨香さん ©共同通信社

――「川原喜美子の人生劇場」を描き切ったいま、どんなことを思われますか。

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水橋 もう後半になってくると、喜美子は私だけの人物ではなくなっていくんですよね。戸田さんのなかに喜美子がいて、プロデューサーの内田さんのなかにも喜美子がいて、演出家やスタッフ、みんなのなかに喜美子がいて、視聴者のなかにもいて、生きているんだなあと思います。

たった1度だけスタジオへ見に行った“再会”シーン

――喜美子と八郎の移り変わる関係性には、観ているほうの気持ちも揺れました。あげればきりがないのですが、別れた喜美子と八郎が10年以上ぶりに再会して、「お久しぶりです」と敬語で会話をするシーン(110話、2月11日放送)。あのぎこちなさが心に残っています。

水橋 実は私としては、もう少しドライなシーンのつもりだったんです。喜美子も40歳過ぎてますからね、大学を卒業するという大きな息子もいて。年を重ねて、もう若い頃とは違う。お互いへの想いは以前とは違うつもりで書きました。だからこそ敬語で挨拶するという。でも、演じているほうはつい先日まで若い夫婦をやってたんです。いきなり年をとった別れた夫婦をやるには気持ちがついていきませんよね。

 

 そこに至る前も、戸田さんと松下さんは自分たちの経験したことのない未知の世界へ突入してたんですけど、あの再会シーンがある意味、さらなる次の未知の世界への始まりというか。大きかったんじゃないかな。難しいだろうなあと思って、あのシーンは気になって、スタジオに見に行きました。そんなことしたのは後にも先にもそのシーンだけです。思えば、あの日ですかね、あぁもう私だけじゃなくて、みんなで作ってきたんだなと実感させられたのは……。戸田さんの喜美子から「喜美子はそうなんだね、そんな表情になるんだね」とこっちが知るというか。松下さんの八郎も「喜美子への好きがまだまだこぼれてる」と感じさせられましたし。お2人と演出家の手腕で、なんともいえない微妙な、心に残るシーンにしていただいたと思ってます。

写真=末永裕樹/文藝春秋

【続き】「スカーレット」脚本家・水橋文美江が明かす、八郎「僕にとって喜美子は女や」発言の“本当の意味”

みずはし・ふみえ/石川県出身。中学生の頃から脚本を書き始め、フジテレビヤングシナリオ大賞への応募をきっかけに、1990年脚本家としてデビュー。NHK名古屋「創作ラジオドラマ脚本募集」佳作、橋田賞新人脚本賞を受賞。映画、ドラマの脚本を数多く手がける。作品に、テレビドラマ「夏子の酒」「妹よ」「みにくいアヒルの子」「ビギナー」(フジテレビ系)、「光とともに」「ホタルノヒカリ」「母になる」(日本テレビ系)、「つるかめ助産院」「みかづき」(NHK)など。夫は、フジテレビディレクターの中江功氏。