101作目のNHK連続テレビ小説「スカーレット」が最終回の日を迎えた。ものづくりに情熱を注ぐ陶芸家・川原喜美子が生きた50年をみずみずしい筆致で紡いだ脚本家の水橋文美江さんは、大阪のホテルに8カ月暮らし、2年の歳月をかけて一足先にゴールテープを切っていた。これほど長く1人の人生と向き合った日々を振り返り、現在の思いや、戸田恵梨香さん、松下洸平さんら多彩な俳優陣とのエピソードをご自宅で伺った。(全3回の1回目。#2、#3へ)
◆
放送されなかったシーンがいっぱい
――まずは長い間、お疲れさまでした。朝ドラは長丁場の現場だと聞きますが……。
水橋 そうですね。最初にお話を頂いてから、大体2年弱くらいでした。誰よりも長く「スカーレット」の世界にいたので、なかなか抜けきらないですね。執筆を終えた瞬間はすごく楽しかったなと思ったし、「まだまだ明日も書きたい」と思うくらい充実していました。実はもう次の仕事に入っているんですけど、それでもまだふとした時に「スカーレット」のことを考えたり、反省したりします。
――反省というのは?
水橋 「スカーレット」は放送されなかったシーンがいっぱいあるんです。削ぎ落とされて良くなる場合もあれば、15分に収まらず仕方なくカットということもあって。最終週はそれがかなり多かったんですね。
たとえば最終週の月曜日、八郎(ヒロイン喜美子の夫、松下洸平)が作った玉子焼きを前に、武志(喜美子の息子、伊藤健太郎)が八郎に思いをぶつけますが、脚本では八郎もそれに対してきちんと言葉を返し、これまでの思いを語る長いセリフがあったんです。そして「武志が突っかかってきたん初めてや」と。そのこと自体は「嬉しかった」と言うんですね。喜美子(ヒロイン、戸田恵梨香)も武志に「突っかかったこと気にせんでええよ、これからは思うたことなんでも言うたれ、喜んで受け止めてくれるわ。それがお父ちゃんや」と言ってあげるんです。
父親と母親と、息子の受け止め方の違いを描きたかったんですけど。どうしても入らなかったんでしょうね。制作統括の内田ゆきプロデューサーも泣く泣くカットしたところがありますと仰っていたので。私がもっとうまく構成を組んで、入れ込めなかったかと。皆さんに伝えられなかったことが申し訳なくて。どうすればうまく出来たかと他にも色々と反省してます。
撮影開始後、ひたすら机に向かって
――観ている人に伝わるかどうかを大切にされていたとのことですが、なにか放送中のリアクションを実際の脚本に反映されたことはありましたか。
水橋 ないです。そういう余裕がなかった。舞台が昭和で登場人物のセリフが方言なので、私が書いたものを、ことば指導と時代考証の先生たちに読んでいただく必要があるんです。通常のドラマよりも決定稿になるまで日数がかかるんですよ。撮影が始まってからはそのせいもあって、ずっと追われているような感じで、ひたすら机に向かっていたんです。
プロデューサーの内田さんが私のメンタルがやられないように守ってくれたのかもしれません。内田さんは外の声を私にはふきこまない。世間がどうとかSNSでこんなふうに言われているとかいう情報を一切言わない。揺らがなかったですね。三津(黒島結菜、*1)がそんなに嫌われているなんて知らなかったですし(苦笑)。
*1 喜美子が結婚ののちにかまえた、陶芸のかわはら工房に弟子入りする若い女性。三津の登場が、川原家に波乱を巻き起こす。