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「スカーレット」脚本家・水橋文美江が明かす、八郎「僕にとって喜美子は女や」発言の“本当の意味”

脚本家・水橋文美江さんインタビュー#2

2020/03/28
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優しさもあるが、根底には嫉妬が消えていない

――でも、あのセリフを愛情表現だと捉えている人もいたようです。「危ないことせんといてほしい」というのは八郎の優しさではないかと。

水橋 優しさもありますけど。松下さんが柔らかい八郎を作ってくださったこともあるし、私も彼を悪くしないように書いたのもあるんですけど、やっぱり昭和の男ですからね。あの時代に夫婦で同じ仕事をやっていて、奥さんのほうが才能あるのって旦那にとって面白いわけがないんですよ。八郎の場合はお婿さんという背景もありますし。本当のところは複雑な思いがあるというか、根底には嫉妬が消えてない(笑)。

 

――やはり、愛情というよりも嫉妬のほうが大きかった?

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水橋 八郎には男くさいところもあったはずなんで、絶対に悔しいんだとは思うんですよね。ちょっとわかりにくかったかもしれないけど、あの「喜美子は女や」のシーンは八郎が川原家から出て行ってから1年が経っているんです。何度も失敗を重ねた後、もう一度喜美子が穴窯に挑戦するというところで、八郎には「まだ凝りてなかったのか」とか「僕が出て行っても追いかけてこなかった」とか、男のいやらしい部分もあったと思うんです。

 だけど、それをかろうじて飲み込む。それはやっぱり喜美子のことが好きなんで。だからこそ「僕を頼ってほしい」と思ったと思うし、「穴窯より僕のほうに来てほしい」という気持ちが拭いきれなくて、それをどう伝えようかと考えた挙げ句、「僕はお前のことが好きなんだ」と言った時に喜美子から「好きという思い」が返ってくるかどうか、賭けた。そういう意味では最後のプロポーズですよね。一筋縄ではいかない複雑な感情をセリフの背景にのせてしまったので、どこまで意図を理解して下さったか。違う考え方もあるかもしれないので、これはあくまでも私の考えということで(笑)。

 

三津が思わずキスしそうになるまでのト書き

――時系列が少し前に戻るのですが、盤石に見えた喜美子と八郎の夫婦関係に初めて波風を立てる存在、弟子の三津と八郎の関係についても伺いたいです。喜美子がついに初めての火入れ、窯焚きに挑んでいる最中、2人も交代で夜を徹して火の番を手伝いますよね(97話、1月27日放送)。三津は八郎に想いを寄せていて、仮眠している八郎に思わずキスしようとする。三津に想いを告白させなかったのは、なぜでしょうか。

水橋 「好き」という言葉を出そうとは考えなかったですね。そもそも八郎に浮気はさせないつもりでしたし、穴窯という新しい挑戦を前に、川原家に新しい風を吹かせる存在として三津を描いたんです。ただ、弟子入りした彼女が「喜美子さんは素晴らしい陶芸家だ」と思ううちに、「八郎さん素敵や」と八郎に惹かれるのも必然としてあるよね、と。あくまでもそういう惹かれ方で「好きだ」と口に出して言うレベルではなかったんだと思います。八郎を男として意識した瞬間に、「ここにはいられない」と出て行く女性として三津を作っていたので。

 思わずキスしそうになるシーンがありますけど、実はそこにいたるまで長いト書きがあるんですよ。眠っている八郎を愛しいと思って、見つめて、思いが込み上げて、唇を思わず近づけてゆくという、黒島さんは難しい役をよくぞ頑張って演じてくれました。

黒島結菜さん ©AFLO

――不倫にするつもりがなかったというのは、もともと描きたかったものとトーンが変わってしまうということですか。

水橋 そうですね。若い女の子が川原家の中へ入ってきたことで、喜美子と八郎が夫婦関係を見つめ直すような状況に置いてみる。そして2人が今まで言ったことのないことを言い合う。同業者同士のすれ違いを明確にしていくことが大事でした。