「文藝春秋」3月号の特選記事を公開します。(初公開:2020年3月5日)
日本には、都市伝説のような“がん治療”を宣伝する自由診療のクリニックが多数ある。
「副作用がない」
「再発・転移にも効く」
「標準治療がダメでも完治を目指せる」
――こんな夢のような“がん治療”である。
そうした自由診療のクリニックが掲げているのが「免疫療法」だ。ただし、臨床試験で有効性が立証されたものは、一つもない。科学的根拠(エビデンス)のない“治療”に、がん患者は超高額な費用を払わされているのだ。
「怪しいなという気持ちはありました」
東京都内に住む女性が、肺がんステージ4と診断されたのは、2人目の子供を出産した直後だった。幼い子供たちのため、絶対に治したい。若い夫婦は免疫療法の一つ、ANK療法を受けるため、東京都内にある石井クリニックを訪ねた。
石井光院長は、CT画像を見せながら、ステージ4の肺がん患者も治っていると力説した。女性の夫はこう振り返る。
「怪しいなという気持ちはありました。でも、石井院長の良いところを探そうとしました。机の上に子供の写真を置いていたね、とか」
ステージ4なら1600万円を全額前払い
どうしても治したい、という気持ちが、正常な判断をできなくしたのだろう。
石井院長は、治療費について“1クール400万円×ステージ数”と告げた。ステージ4の妻は、1600万。しかも全額前払いだという。若い2人にそんな大金を払う余裕はなかった。
「え?と思いました。そういう命の値段のつけ方をするんだなと。まるで“踏み絵”を迫るような不躾さに、憤りを覚えました」(女性の夫)
それでも夫婦は、まず1クール治療を受けようと決めた。ANK療法の1クールが終わって翌月、女性に脳転移が見つかった。400万円かけた治療の効果は無かったのである。
東京オリンピックまでは生きたい、という妻のささやかな希望は叶えられなかった。