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15年後の今思い出す、楽天イーグルス「仙台初試合」を見に行った日

文春野球コラム2020 オープン戦

2020/04/08

「いよいよ始まるんだなあ」

 そんなことを思いながらクルマを走らせる。東北自動車道下り線。周りは見渡す限りの田んぼと桃畑。向こうに見えるは安達太良山か。関東平野をひたすら北上し、那須から白河を過ぎて郡山盆地に入ると「東北に来たなあ」という実感が高まってくる。

 2005年4月1日、この年生まれた新球団・楽天イーグルスが本拠地仙台で初めて試合を行うこの日、僕ら野球好き仲間は横浜から現地に向かっていた。所要時間はざっと5時間。でもそんなの少しも長く感じないほど、全員が今日の試合を楽しみにしている。

2005年4月1日 楽天イーグルス地元開幕で、ぎっしり満員になったフルキャストスタジアム宮城のスタンド ©共同通信社

「東北楽天ゴールデンイーグルス」誕生まで

 2004年6月に表面化したオリックスによる近鉄の吸収合併構想。そこからなし崩し的に進む10球団1リーグ制への流れ。立ち向かう礒部公一、古田敦也ら選手会。それに対するナベツネの「たかが選手が」発言。これには社会全体が猛反発した。プロ野球はあんたら爺さんのものじゃないと。

 オールスター戦では全選手が12球団のチームカラーを織り込んだミサンガを身につけ、ホームスチールを決めた新庄剛志は「これからは、パ・リーグです」と宣言。夏を迎えると各球団の選手が試合前にファンの前に立ち合併反対の署名を集めた。

 それでもオーナー会議でオリックスと近鉄の合併は承認され、選手会とNPB・球団側の交渉も決裂。ついに選手会は試合中止を伴うストライキを決行し、新規参入チームを加えセ・パ12球団に戻すことを条件に回避された。それと前後して堀江貴文氏率いるライブドアがNPB加盟申請を行い、後を追う形で楽天も申請。審査の末、楽天のNPB参入が決定。2005年から仙台を本拠地に「東北楽天ゴールデンイーグルス」として戦うことになった。

 どこのファンとか関係なく、みんながモヤモヤしていたこの1年。事実上近鉄バファローズは消滅してしまったから決して気は晴れないけど、楽天には合併反対運動に奔走し、オリックス入りを善しとしなかった近鉄の選手会長・礒部公一とエース・岩隈久志がいる。そして何より、70年代にロッテが仙台を暫定本拠地として以来、東北を本拠地にするチームが誕生するのだ。運よくチケットが手に入り、その地元初戦をこの目で見届けられる。こんなにワクワクすることはない。