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本当に辛い人には無理をさせない

 もともと潜水艦乗りに選ばれるのは、CAS(Cattele Anxiety Scale)と呼ばれる心理テストでストレス耐性が非常に高いと認定された、いわば“楽天家”のメンバーに限られています。

 それでも、潜水艦という職場は特殊な環境です。なかには不調を訴える乗員もいます。

 ある出港初日の夜、艦長室にいる私を訪ねてきた若い乗員がいました。真っ青な顔をして「自分は初めて潜水艦に乗るのですが、いま海のなかにいると思うと不安でたまりません」と打ち明けはじめたのです。先輩たちに相談し、それでも解決することが出来ず、思い詰めて艦長室に来たのでしょう。これはただごとではないと判断し、すぐに本部に連絡。深夜ではありましたが潜水艦を浮上させ、要請したヘリで下船させました。

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 極端な対応だと思われるかも知れませんが、潜水艦では誰もが大きな責任を抱えています。船の浮沈を決めるバルブを握るのは一部の上官だけの仕事ではありません。もし追い込まれた乗員が、操作中にパニックを起こして船を急浮上させるようなことがあれば、大事故になる。なだめて「がんばれ」ということが、逆効果にもなりかねません。「無理だ」というシグナルは、見逃すわけにいかないのです。

閉鎖空間だからこそ、自分で考えて行動することが重要だという(写真はイメージ) ©️iStock.com

 究極の閉鎖空間だからこそ、乗員が互いの技術や人格を信頼し、上下関係を正しく意識しながら誰もが自分で考えて意見をいえることが大切です。

 いま、新型コロナウイルスの蔓延で特殊な環境にある私たちも、思い詰めることなく、うまく気分を切り替えながら、ひとつひとつ自分の頭で考えて行動することが必要なのかも知れません。

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