ツケがまわってきた日本
――米中の泥仕合が続く国際状況で、パンデミックの第二波、第三波の危険も迫っています。混乱する国際社会の中で、ネットなどでは、日本のモデルケースとなるような国を求める声が根強くあります。
宮家 感染の第一波に対して、シンガポール、香港、台湾などは対応に成功したといえるでしょう。SARSの際に厳しい被害が出たことを教訓に、感染症に対応する社会防衛システムを予め用意していたからです。
しかし、そうした海外の事例から、日本が直接ヒントに出来ることはほとんどありません。なぜなら日本は、国民に「自粛」はお願いできても、外出禁止など強制力のある非常事態宣言は法的に出せない、主要国では“異例の国”だからです。なぜ出せないかといえば、人権や主権の制限に強いアレルギーがある日本では、「公共の福祉と人々の自由のバランスをどう考えるべきか」についてこれまで議論が深められなかったからです。
今回の事態を受けて自民党では憲法改正論議を盛り上げようとする声も上がっていますが、憲法という大きなテーマよりもずっと手前にある、現行憲法の枠内でどう迅速に対応できるかを真剣に考えてこなかったことが問題の本質です。結果、有事の対応でも“お願いベース”という状態になっています。
このように戦後の制度設計自体が他国とは全く異なっているので、参考になる国がない状態です。これまで正面から危機管理について考えてこなかったツケを払わされているのです。
いま「戦後日本」が試されている
――そんな手足を縛られた状態の日本には、どういう未来が待ち受けているのでしょうか。
宮家 いまは現状のまま対応するより他にありません。ここまで欧米のような感染爆発を起こさずにこられましたが、強制力を持たない宣言でどこまで踏ん張れるのか、世界が注目しています。
歴史を紐解けば、14世紀の黒死病(ペスト)大流行、20世紀のスペイン風邪など、これまでもパンデミックはくり返されてきました。パンデミック後の世界は、それまでとは一変する可能性があります。
たとえば、14世紀の黒死病ではヨーロッパの人口の3分の1以上が失われ、中国からヨーロッパまでの広大な勢力圏を誇ったモンゴル帝国や、その強大なモンゴル帝国を撃退したエジプトのマムルーク朝も傾きました。国際的な社会、経済、文化、政治……何もかもが大きく変わったのです。
つまり、コロナ問題が長期化していくなかで、社会・政治体制が耐えられなくなった国は消えていく。舵取りを間違えれば、アメリカや中国といった二大大国でも崩壊し、気がつけば世界の勢力図が一変してしまうことだって考えられる。
だからこそ、日本が二大国の泥仕合に引きずられることなく踏みとどまり、知恵を絞って乗り越えることには大きな意味があります。自由と民主主義を謳歌してきた戦後日本の75年が、いま試されているのです。