『青の炎』『悪の教典』など、話題作を送り出してきた貴志祐介さんの、ノンシリーズの小説としては7年ぶりとなる小説集が刊行された。
「一発一発思い切りパンチを打っているというか、野球でいえば、緩急をつけずに一球一球すべて全力投球した作品群、という感じです。『夜の記憶』は、商業誌に初めて掲載された作品で、雑誌が店頭に並んだ時は非常にそわそわして、書店をウロウロしていたことを思い出します。今読むと若書きだなという部分もありますが、根っこのところはほとんど変わってないのかな、と思います。この頃は、SFのインパクトをいかに読者に伝えるか、ということを考えていました」
「夜の記憶」は、水生生物の「彼」が、海の中で目覚め、「町」を目指す。一方、南の島でバカンス中のある夫婦は、太陽系脱出前の最後の時を過ごしている。2つの物語が交錯する、寂寥感が漂う本作は、貴志祐介ワールドの原点ともいえる。
「呪文」は、植民惑星『まほろば』に文化調査のため降り立った男の視点で、その星にはびこる危険な信仰の謎が探られる。惑星をまたいで大企業が幅を利かせている世界の物語だ。
「今、GAFAに代表されるグローバルな企業が世界を席巻していますが、そもそも企業の目的は、利益を追求することなんです。企業そのものには自意識がないから、善でも悪でもない。でも実は、そういう法人格の方が恐い。制御不能だからです。これはAIでも同じで、自意識はないけれど、その代わり目的に制御をかけることができない。『呪文』の世界では、制御不能な大企業に、人間が支配されています。AIが考え、人間がチェックする仕組みなら暴走は防げるけれど、その逆は不可能なんです」
「罪人の選択」は、1946年、戦争に行っている間に妻を友人に寝取られた男が、友人に重大な選択を迫る場面から始まる。1964年、東京オリンピックの年、ある女がある男に、同じような二択を迫る。2012年、かつての防空壕で、男の白骨死体が発見される。
「今回はこの作品だけがサスペンスですが、単行本全体の雰囲気を決定づけていると思います。3つの時間が交錯し、SF的な感覚も含まれていると感じています。作中、“罪人は必ず間違った選択をする”という文章が出てきます。これは、自分の実感としてもそうなんです。私たち人間は、罪を犯す――というか、間違える生き物です。間違えない人間はいません。普通の人間も、誰しも屈託を抱えている。そういうところから生まれてきた話です」
「赤い雨」は、新参生物チミドロの胞子を含む赤い雨が世界中に降り注ぎ、生物が絶滅の危機にある地球が舞台だ。ドームと呼ばれる守られた地区と、自治居住区というスラムとの間で、差別が起きている。新型コロナウイルスを巡り、各地で差別感情が噴出している現在を想起させる部分もある。
「小説と今現在が符合しているな、と思うのは、人間のリアクションです。自分が脅かされるかもしれない、と思うと、感情的になってしまい、本性が出る。感染症の流行は歴史的に繰り返されてきましたが、実際のところ、そんなに人間は変わっていませんね。結局、どこまでを仲間と認識するのか、ということだと思います。人種、宗教、地理などの点で自分とかけ離れた人を、同じ人間だと感じなくなり、断絶が起きてしまいます。恐怖は非理性的なものです。それをまず自覚し、理性によって解決していかなければならないと思います」
きしゆうすけ/1959年、大阪生まれ。2005年、『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞受賞。他の著書に『鍵のかかった部屋』など多数。