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茂木 「遅い」ということで言えば、スローフード運動なんかにもちょっと関連するかもしれませんね。

 遺伝子組み替え作物を使わず、その地域地域で時間をかけて育てられた食材を使い、ゆっくりと楽しみながら食べる、ということを提唱した。食べ物が、畑から人間の口に届くまでのスピードやルートを、消費者それぞれが自分で決めよう、というわけです。

 ここでコロナウイルスのことに戻れば、あの世界への感染の広がり方は、グローバリゼーションの持つ「速さ」に由来していた。これから先しばらくは、人やモノの国際的な移動は停滞していかざるを得ないでしょう。そういうポストコロナの世界では、「遅さ」が一つのキーワードになってくるかもしれませんね。

 

宇野 ええ。モノやコトへのかかわり方の次元で、自由や豊かさを確保していこうとすると、必然的にこれまでのスピードを見直さなければならなくなってくるということですね。僕はインターネットとのかかわり方についても、同じことが言えると思います。今までは、どうすれば早く、大量の情報やコミュニケーションが手に入れられるか、そのためにはどのプラットフォームがいいか、という視点しかなかった。そうではなく、僕らが主体となって、小規模でも良質な情報の拠点を作ることはできるんじゃないかと思っているんです。

茂木 なるほど。もう少し具体的に教えてください。

「スロージャーナリズム」の台頭

宇野 本の中で紹介しましたが、ひとつは「クラウドロー」と呼ばれる動きです。インターネットによって、市民が法律や条例などの公的なルールの設定に参加できるような仕組みのことです。

 たとえば台湾では、「vTaiwan」というプラットフォームがあり、ウーバーと既存のタクシー業者との利害調整や、リベンジポルノに対する罰則の規定などが市民間の協議によって提案され、行政に採用されています。

 もうひとつ僕が注目しているのは、欧米を中心とした「スロージャーナリズム」の運動です。インターネット上の単純化された議論やフェイクニュースへの反省として、時間をかけた調査報道を行うインターネットメディアが登場してきた。これらのメディアは、応援する人たちからの購読料収入によって支えられています。

茂木 なるほど。ジョセフ・ルドゥーという神経科医学者が、『エモーショナル・ブレイン 情動の脳科学』という本の中で述べているんだけれど、人間の脳の中で扁桃体のような早い回路が感情を司り、大脳新皮質のような遅い回路が理性や記憶を司っている。本来その二つのバランスが取れてこそ人間の知的活動はうまくいくんだけれど、情報の入ってくる速度があまりに早くなりすぎて、バランスが崩れてしまっているのかもしれませんね。

宇野 だからこそ自分たちで情報に接するスピードをコントロールできるようにしなければならないと思うんです。僕自身も、そのために「遅いインターネット計画」という新しいプロジェクトを立ち上げたところです。そこでは閲覧数が収入に直結するような仕組みは採用していません。