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わたしの「神回」

2020/05/04
貫地谷しほり。『ちりとてちん』が初主演だった。昨年100作目の朝ドラ『なつぞら』に歴代ヒロインの1人として出演 ©文藝春秋

 楽屋に戻った喜代美は、草々からどういうことだと叱られ、福井・小浜の実家より家族そろって駆けつけた母の糸子(和久井映見)にも問い詰められる。しかし、喜代美はほかならぬ糸子のような母親となるべく引退を決めたのだった。彼女はそのことを伝えるため、かつて実家を飛び出す際に糸子に対し「お母ちゃんみたいになりたくない」と言ったことを詫びるとともに、これまでの感謝を伝え、最後は「私、お母ちゃんみたいになりたい」とのセリフで最終回へとつないだ。この回では随所に回想シーンも挟みこまれ、それまでずっとドラマを見てきた者には感動が絶頂に達した。アナウンサーも何か言いたくなるのもわかる。

『ちりとてちん』が終わった翌月、2008年4月にはツイッターの日本語版のサービスが始まり、朝ドラはこのツールを介して新たな盛り上がりを見せるようになった。前出の『ゲゲゲの女房』はその意味でもエポックとなった作品である。マンガ家の水木しげるとその妻をモデルとした作品だけに、ファンがこぞってドラマの登場人物を描いてはツイッターに投稿し、“ゲゲ絵”と呼ばれるなど、さまざまな反響を呼んだ。

2010年3月から9月まで放送された『ゲゲゲの女房』。ヒロインは松下奈緒

『ゲゲゲの女房』東京オリンピック開会式当日の神シーン

『ゲゲゲの女房』もまた記憶に残る回が多いが、筆者のなかではとくに、ドラマの折り返しにあたる第84回が印象深い。この回では、松下奈緒(『ちりとてちん』ではテーマ曲のピアノ演奏を務めた)演じるヒロインの村井布美枝が、東京・調布の自宅近くで貸本屋を営んでいた美智子(松坂慶子)に別れを告げた。

貸本屋の女店主で布美枝(松下奈緒)が調布で最も頼れる知人・美智子役を演じた松坂慶子 ©︎文藝春秋

 布美枝は、向井理演じる夫の茂(水木しげる)が当時、主に貸本劇画で生計を立てていた縁で美智子と親しくなり、近所の主婦たちとともに毎日のように貸本屋に出入りするようになっていた。その美智子は、夫・政志(光石研)と義母・キヨ(佐々木すみ江)の3人暮らし。しかし政志は定職にも就かず、ぶらぶらしていた。この回では、政志がそうなったのは、戦後、シベリアに抑留された過酷な体験に加え、復員後に息子の死を知り、前向きに生きる意欲を失ったからだと明かされる。そんな政志も、過去と向き合い、ついに電気工として再就職を決めた。そのため千葉に転居することになり、美智子の貸本屋はいったん店じまいとなる。同回のラストシーンでは、美智子たちが近所には黙って出発するつもりが、結局気づかれ、布美枝・茂夫婦をはじめ親しかった人たちに見送られながら旅立った。その日は1964年10月10日、東京オリンピックの開会式の当日。日本の戦後復興の象徴であるオリンピックと、貸本屋の一家が戦争の痛手から立ち直っての再スタートを重ね合わせた名場面であった。

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