『エリザベス女王 史上最長・最強のイギリス君主』(君塚直隆 著)中公新書

 エリザベス二世は一九五二年、二五歳で英国の王位に即き、その治世は六八年に及ぶ。現存する君主の在位年数としては最長で、その期間、女王に仕えた首相は、今や歴史上の人物となったチャーチルからジョンソンまで一四人。歴代首相は異口同音に、女王が単なるお飾りではなく、政治に対する見識と手腕を兼ね備えた比類なき存在であると証言している。

 しかも女王は英国のみならず、カナダ、オーストラリアなど旧英連邦諸国一六カ国の元首であり、他の三七カ国の首長も務める。

 まさに霊長類最強の君主と言って過言ではない。

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 本書はエリザベス女王の人生を辿りながら、第二次大戦後の英国史を概観する。

 即位した年から毎年、女王はBBCを通じて「クリスマス・メッセージ」を発信している。即位の翌年のメッセージはこうだ。

「私は君主というものが、われわれの団結にとって単に抽象的な象徴であるだけではなく、あなたと私の間を結ぶ個人的な生きた紐帯であることも示したいのです」

 立憲君主制の君主とは如何なる存在であるべきか、これほど見事に表現した言葉は滅多にない。わずか二七歳の女性がここまでの見識と覚悟を持っていたことに、心底驚いた。

 もし伯父のエドワード八世が王冠を捨てて恋を選ばなかったら、父のジョージ六世が王位に即くことはなく、女王の王位継承もなかっただろう。偶然の産物と思われがちな経緯が、このメッセージの後では必然としか思えない。エリザベス二世は女王になる運命の下に生まれたのだ。しかも、若い頃の女王はとても美人で、チャーチルが密かに恋心を抱いたと噂された。

 第二次大戦後、英国は「大」英帝国の座を滑り落ちた。経済は危機に陥り、戦争が勃発し、植民地の独立闘争は激化した。

 女王個人の人生も波乱続きで、妹は道ならぬ恋に走り、子供達は次々離婚し、ダイアナ元妃の死によってバッシングも受けた。

 それでも、女王が弱音を吐いたり打ちひしがれたりすることはなかった。国際政治においても、国内で民衆と向き合っても、常に勇気と公平さを持って人と接し、言葉と行動で人の心を惹き付け、最後には賞賛を勝ち取ってきた。

 某外相がその巧みな動向に感嘆すると、女王は「私が何年これをやっているかわかっているでしょ?」と答えたそうだ。

 そして、昭和天皇についての共感も印象的だ。

「女王は孤独なものです。重大な決定を下すのは自分しかいないのです。そしてそれから起こる全責任は自分自身が負うのです。(中略)歴史に裁かれるのは私であると覚悟しております。この立場が分かっていただけるのは、ご在位五〇年の天皇陛下しかおられません」

 新型コロナウイルスが跳梁する今年四月、女王は異例のビデオメッセージを発信した。穏やかな語り口ながら毅然として国民を労り、勇気づけるその姿は、まさに「国母」だった。

きみづかなおたか/1967年、東京都生まれ。関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。『ヴィクトリア女王』『物語 イギリスの歴史』『立憲君主制の現在』『ヨーロッパ近代史』など著書多数。
 

やまぐちえいこ/1958年、東京都生まれ。小説家。2013年『月下上海』で松本清張賞を受賞。近著に『いつでも母と』がある。