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コロナ禍で注目集まる病院船、ここまでわかった「不都合な真実」

導入論は過熱する一方だが……

2020/05/15
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活躍できなかった世界最大の病院船

 今回のコロナ禍を受けてニューヨークとロサンゼルスに出動したマーシー級病院船は、現在世界最大の病院船だ。任務に応じて最大1,000の病床を備え、1,200名の医療スタッフを擁する。500以上の病床を備えれば大病院とされるから、マーシー級が病院としても大変な規模であることが分かるだろう。だが、鳴り物入りで出動した割には、その活動は冴えなかった。

 当初、新型コロナ対応で圧迫されている地域医療の負担を軽減すべく、新型コロナ患者以外の診療を行う方針だったが、ニューヨークに派遣されたマーシー級病院船コンフォートは、最初の1週間で移送された患者は50名にも満たない状況で、後に新型コロナ患者も受け入れるよう方針を転換したが、最終的に治療したのは発表によれば182名に留まっている。並の大病院を超える規模のマーシー級を1ヶ月投入したわりには、この実績は少ないとみるべきだろう。

ロサンゼルスに到着した病院船「マーシー」(米インド太平洋軍サイトより)

 ロサンゼルスに派遣されたマーシーでは、乗組員の中から新型コロナ感染者が発生したため、活動が一時中止される事態になっている。コンフォートでも乗組員と患者から感染者が出ており、まさに踏んだり蹴ったりの状況だ。

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自衛隊には病院船ノウハウはない

 国内の病院船に関する知見も心許ない。第二次大戦以前は、日本軍は多数の病院船を運用していたが、戦後の自衛隊で病院船の運用経験はない。現在、世界で新造された病院船で最も新しいのは、中国海軍の920型病院船(通称「和平方舟」)だが、中国海軍は以前から病院船を運用しておりノウハウは蓄積していた。

 そもそも、これまで国が行った病院船の検討では、感染症対策はその対象から外れていたのだ。東日本大震災を受けて、内閣府(防災担当)では「災害時多目的船に関する検討会」を設置し、2012年3月に報告書を公開しているが、巨大地震等の大規模・広域災害を対象としたもので、感染症事案は検討外としている。

並走する和平方舟(右手前)とマーシー(アメリカインド太平洋軍サイトより)

 また、今回のコロナ禍を受けて、病院船の調査・検討と併せて行われていた既存船舶を活用した実証実験が中止されている。実証実験が中止になったにも関わらず、一足跳びに病院船導入を進めるのはおかしいだろう。なにより、まだ世界的流行が収束しておらず、防護や治療についての研究や教訓も進んでいない。そうした情報が不十分な中で導入に踏み切って、果たして効果的な病院船運用ができるか疑問である。