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2020/05/20

genre : エンタメ, 芸能

「やることがないと本当につらいから」第2の人生の計画

 芸能活動で自らの限界を感じるとともに、私生活では独身生活を続けていることもあり、歳をとって《やることがないと本当につらいから》と、羊毛フェルトの手芸などに力を入れるようになった(※7)。エッセイや人生相談などで文才も発揮している。将来は沖縄に一度は住みたいとも、以前より語っていた。冒頭でとりあげた『ボクらの時代』のトークで、カナダへの留学を予定していたことを明かし、50歳を前に第2の人生も同時に進めたいと決意を表明したのも、その延長線上にあるのだろう。

 同番組中に光浦が語ったところによれば、仕事の数が一時より減ってきており、ここから盛り返すことに賭けるか、あるいは「誰かに求められているからいい」だけではない別の何かを持っていないと不安になると思い、そこから考え方を少しずつ変えていった。そのなかで、文房具屋や手芸屋など、幼いころからの夢をかなえたいという気持ちも湧き、「1個を大成することは私はできないけど、もしかしたら、人よりたくさんの夢をかなえるのもかっこよくないかなと」思うようになったという。

片桐はいり、山田花子と個性派3人で異色の舞台 「公演中は、ワゴン車移動らしいよ」に挑戦したことも ©共同通信社

『ボクらの時代』ではまた、居候中、妹夫婦が子育てに追われるのを見て、その大変さを思い知ったとも語っていた。そこから、自分は独身で時間がたっぷりあるから、普通だったらみんな忙しくて見過ごしてしまうような小さなことも、いちいち拾って、大きな悩みや怒りに変えてしまっていたところがあると気づいたという。そんなふうに自分の行ないを反省する光浦に対し、相方の大久保が、「そういう小さなことを拾ってきたから、光浦靖子という芸人が生まれたんだと思うよ」とフォローしていたのが印象に残った。途中で友達から相方へと関係性は変わったものの、40年以上もそばで見てきたからこその発言だろう。このやりとりに、いずれコロナ禍が収まったときには、また以前のように同じ場に会したオアシズの2人が、トークやコントを繰り広げるのを見たくなった。

※1 光浦靖子・大久保佳代子『不細工な友情』(幻冬舎、2006年)
※2 「タレント 光浦靖子 “お笑い”で食べていこうなんて気はありませんでした。」(『第三文明』2003年8月号)
※3 光浦靖子『ハタからみると、凪日記』(毎日新聞出版、2018年)
※4 片岡飛鳥・てれびのスキマ「「ブスをビジネスにする――光浦靖子は発明をした」『めちゃイケ』片岡飛鳥の回想 フジテレビ・片岡飛鳥 独占ロングインタビュー#6」(「文春オンライン」2019年4月13日)
※5 「林真理子 マリコのゲストコレクション 593 お笑い芸人 オアシズ」(『週刊朝日』2011年11月25日号)
※6 ジェーン・スーほか『私がオバさんになったよ』(幻冬舎、2019年)
※7 光浦靖子・柴田英嗣「対談・ワケあって独身です 白馬の王子を待つ女と尽くす妻を求める男」(『婦人公論』2017年8月8日号)

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