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『更級日記』の世界で、光浦靖子らが考えた「何気ない日々」を表現し続ける理由

アートな土曜日 

2019/05/25

 日本が誇るべき厚い伝統の筆頭といえば、日記文学である。紀貫之による『土佐日記』や、かの『源氏物語』の作者の手による『紫式部日記』など平安時代のものから、近代なら永井荷風の『断腸亭日乗』に、石川啄木の『ローマ字日記』。日々のささやかな出来事を記し残す伝統は脈々と受け継がれ、現在のブログやSNSの隆盛にまでつながっていると思われる。

 平安時代に菅原孝標女が書いた『更級日記』も、そうした系譜に連なる作品。上総の国にいた菅原孝標の次女が、源氏物語を読み耽った少女時代の思いなどを感情こまやかに語っている。

 往時、菅原孝標女が住んでいた千葉県市原市にある市原湖畔美術館で、「更級日記考−女性たちの、想像の部屋」が開かれている。12組の女性アーティストが作品を展示。彼女たちが生み出す親密な想像世界に浸ってもらおうというものだ。

「更級日記考−女性たちの、想像の部屋」

身の回りのものを美に転化する作品の数々

 会場へ入ってすぐ目に飛び込むのは、テーブルに置かれた無数の手芸作品。何らかの物語の一場面をかたどったもののようで、これはいったいどんなお話なのかと一枚ずつに興味が湧く。

 鴻池朋子によるアートプロジェクト『物語るテーブルランナー』の成果物である。鴻池は一般の人に話を聞き、紡ぎ出された人生の一場面をスケッチにしていった。それを下絵にして、話を提供した本人が手芸を制作していったのだ。

鴻池朋子による展示

 それぞれの人生の印象的なシーンがビジュアル化されており、画面は多様性に満ちている。だれの暮らしもていねいに目を向ければ味わい深いものであると、改めて教えられる気分だ。

 手芸作品に仕立てると、シリアスな出来事もあっけらかんとして、どこか明るさを感じさせるものになるから不思議。時が経てばつらい思い出も美しい話として語れるようになることと、どこか似ている。