いまだ立件されていない“事件”との類似性
じつはこの数日前から、裕子さんの存在を嗅ぎつけた一部の記者が、彼女の自宅マンションを訪ねていた。その結果、脅えた裕子さんが捜査員に連絡を入れ、関わりを持ちたくないことを訴え出たのだ。そこで焦った捜査本部が予定を早めて動いたというのが、急な再逮捕の背景にあったのである。
この再逮捕を報じる新聞記事では、一部の社が電気コードを使用した通電による暴行と、支配下に置いて監禁していた犯行内容を取り上げ、いまだに立件されていない“事件”との類似性について触れていた。それは、監禁致傷罪の被害者である少女・広田清美さん(仮名、当時17)が供述しているという、彼女の父・広田由紀夫さん(仮名)への殺害、死体遺棄疑惑についてだ。
またほかにも、前述の田岡真由美さんと同じく、松永らが裕子さんから結婚準備を口実に、数百万円の現金をだまし取っていたとして、詐欺容疑を視野に捜査をしていると報じる記事もあった。これらはいずれも、捜査本部による再々逮捕を念頭に置いた“布石”ともいえるものである。
情報を漏らした“犯人”探しも同時に進行
こうしてみるとわかる通り、メディアは「先に先に」と捜査の流れを掴もうとし、一方で捜査本部はメディアに情報が漏れることで、捜査が“潰れ”てしまうことを警戒していた。そのため、捜査幹部はメディアに情報を流した捜査本部内の“犯人”を捜すため、あえて偽情報を流すなどの方法も採っていたようだ。
しばらく経って判明したことだが、再逮捕当日の捜査幹部によるレクのなかで、すでに記述してある通り、裕子さんに対して松永は「ミヤザキ」、緒方は「モリ」を名乗っていたとの話が出てくる。その話を受けて、数社が翌5日の記事にはこの通りの名前を掲載した。だが、実際のところ松永は「村上博幸」を、彼の実姉と紹介された緒方は「森田」を名乗っていた。そのことを知っているのはごく一部の捜査員に限られるため、レクの場で疑問を呈したり、本来の名前がどこかの媒体で出てくれば、リーク元が絞られるということだったのである。捜査幹部が「ミヤザキ」、「モリ」との情報を流したことを後に聞いた捜査員は口にしている。
「それはわざとガセ(偽物)を流してるんだろう。情報漏れを探るためじゃないか」
当初は、そこまで捜査幹部が神経質になるほどに、事件の成立が危ぶまれる、“薄氷を履むが如し”の捜査だったことがわかるエピソードだ。
こうした情報漏れに神経を尖らせる捜査本部との攻防を繰り返すのと並行して、各メディアは松永と緒方の過去、さらにはすでに殺害されている可能性が高い、広田由紀夫さんとの繋がりについての取材を進めていた。そこで浮かび上がってきた情報については、私自身の取材の結果も含め、改めて取り上げる。