靴は人格を表す――。高橋由伸政権1年目が終えた2016年末。新聞記者から現在の営業マンに転身した時、先輩から口酸っぱく言われた言葉だ。経営者をはじめ仕事ができる一流のビジネスマンほど第一に足元を見ている、と毎朝革靴をピカピカに磨き上げるのがルーティーンとなった。あれから3年半。コロナによってリモートワークが導入され、動画をつないで会話をするオンラインの世界では、下半身が相手の視界に入ることはほとんどない。極端な話をすれば、サンダルでも短パンでも分からない。
急速に突入した『上半身群雄割拠』である。幼少期から他を圧倒しながら、足長スラっと体型に引け目しかなかったキリン級の座高が映える時が来たのだ。主戦場もホテルのラウンジやカフェでは無く、自宅へと移った。一室にこもり、画面上の相手と絶え間なく言葉を交わす。ほぼ間違いなく話は弾み、私の大声は一日中壁を突き破る。家族からしたら迷惑でしかない騒音が突如止み、不自然なほど静まり返るタイミングがあった。プロ野球の開幕が6月19日に決まり、各地で実戦が再開。本来であればスタンドの鳴り物や大歓声にかき消され、耳に届くことのないはずの音を楽しんでいた。
久々に聞いた「ガチッ」という「衝突音」
ファンの方々には寂しく、まだまだ受け入れがたい無観客試合だが、私は記者時代に現場で体験していた。日本ハムを担当していた2011年。東日本大震災の影響で開幕が延期され、オープン戦は観客を入れない合同実戦練習へと姿を変えた。静寂の中、両軍ベンチから飛び交う声や球場中に響き渡る打球音は新鮮だったが、とりわけキャッチャーミットが奏でる音が心地良かった。
捕球音は「パーン」、「バシン」というのが一般的だ。ボールの質が良くなるほど、高い「破裂音」になっていく。中でも、まったく異質に聞こえたのが、ダルビッシュだった。結果的に日本最終年となったこの年の開幕直前、西武のエース・涌井秀章と札幌Dでの投げ合い。指にかかった150キロを超えるスピードボールは、ミットの中で「ガチッ」という「衝突音」を立てていた。
高校時代、左耳に硬式球が直撃した経験がある。「ガチッ」は、その瞬間に聞いたものと似ている気がした。ファイターズの捕手陣は、エースの力強い投球を受ける際には他の投手より捕球態勢をやや早め、ミットが押し込まれないように豪球を止めに行っていた。球を待ち構えるのではなく、能動的に迎えにいく意識が「衝突」を生む。そして、球の芯と骨が直接ぶつかるような音が響いていたのだ。甲高くなく、鈍く低い。のちに海を渡り、メジャーリーガーも圧倒したボールがミットを叩くメロディーを久しぶりに聞きたくなった。
テレビの音声とスタンドの記者席で直に、では多少の違いはあるが、酷似する音を見つけた。6月2日、相手はあの時と同じライオンズ。東京Dの中心で、昨季のパ・リーグ王者に仁王立ちしたのが菅野智之だった。ハイライトは初回2死、迎えるは昨年のパMVPにしてリーディングヒッターの森友哉。追い込んでから森を大きくのけぞらせた内角直球だった。捕手の大城が力強く左手を伸ばす。弾丸のような151キロとミットが正面衝突した。「ガチッ」。日本の新旧エースが鼓膜で重なり、鳥肌が立った。ダルが2011年、数々のキャリアハイをマークしたように、過去最高の背番号18が見られるのではないか、と期待が膨らんだ。