新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「潜入ルポ ヤクザの修羅場」(文春新書)から一部を抜粋する。

◆◆◆

初めての拉致

 編集長になってすぐ、私はさっそくこの編集長のパスポートを使うハメになった。受話器を取ると、いきなり「殺すぞ!」と凄まれた。

ADVERTISEMENT

「えっ? 誰を、ですか?」

「お前、責任者なんだろう」

「はぁ……一応」

「だったら決まってるだろう。お前だ!」

 山口組直参組織の若い衆は、『実話時代BULL』に連載中の実録小説に、我が親分を誹謗中傷することが書いてあるとがなり立てた。3ヶ月前に入社した私は、連載の取材に同行していないばかりか、当事者さえ知らない。私の頭にあったのは、とにかくさっさと片付けたいという一念だった。電話では埒らちがあかないと思ったので「会いませんか?」と持ちかけた。

「いい度胸だ」

「仕方ないんです」

「なんだと!」

「いや、こっちの話です」

 交渉の場は新宿京王プラザホテルのロビーに決めた。人の多い場所なら危害を加えられずに済むだろうと思ったからだ。問題の記事が載っている『実話時代BULL』を鞄に入れて地下鉄に乗った。せめて相手に会う前に、問題の記事だけは読んでおかねばならない。

「その連載は読んだことすらないんです」

 などと言えば、火に油を注ぐだろう。

 ムキになって飛び出したのはいいが、私は途方に暮れていた。弁護士会などがまとめた企業向けの暴力団対策本などをみると、私のとった行動は最悪のパターンとされている。

●1 暴力団とは1人で会わない

●2 要求には即答しない

 実体験から導き出された二大原則を無視したのだから、交渉がうまくいくはずはない。

テープレコーダーを取り出すヤクザ

 京王プラザに3人の男たちが入ってきたとき、特段、服装を教え合ったわけでもないのに、すぐそれと分かった。暴力団には特有の威圧感があると初めて知った。

 組員たちは同年齢で、ブカブカのジーンズに派手なチェックのシャツを着ており、アメリカのプロバスケットチームのキャップを被っていた。3人組は私を見つけると、玄関先に横付けした車を差し、「これに乗ってくれ」と指示した。人目の多い場所で会えば安全だろう、という唯一の正しい選択はこうして水の泡と消えた。

©iStock.com

 拉致された場所は同じ西新宿の、車でわずか1、2分の距離にあるホテルだった。意外だったのは、相手がテープレコーダーを取り出したことだ。いきなり直接的な暴力を行使し、恫喝してくると思っていた。録音するということは、とりあえず荒っぽいことはしないのだろう。私も自分のバッグからテープレコーダーを取り出した。組員たちは眉間に皺を寄せたまま渋い顔をしていた。