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 個人的な感想だが、暴力団は「殺す」という言葉を多用しすぎではないか? まるで挨拶のように「殺すぞ」と連続使用されると、言われる側も次第に麻痺してくる。

深夜の恫喝電話

 その後はしばらく無難な日々を送ることができた。外出が多かったので、ご指名の電話以外はほとんど出ずに済んだ。しかし夜中、1人で編集部にいると、そうもいっていられない。校了日という雑誌の最終締め切りの時をのぞき、夜中の電話はまず間違いなく、のっけから激しい怒声を浴びせられる。一番多かったのは、「××組長の電話を教えろ!」というものだった。もちろん断る。「偉そうなこと言いやがって。いまからそっち行ってやろうか? そのとき指を詰めたって遅いぞ。分かってるのか、この野郎!!」

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 面倒になって電話を切っても、すぐまたかかってきて仕事が中断してしまう。飽きるまで恫喝してもらい、相手が満足するのを待つのがベストだ。反論するなど愚の骨頂である。台風は身を潜めて過ぎ去るのを待つしかない。

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 一番困るのはポン中――覚せい剤を使用している……と推測される相手からの電話である。のっけから聞き慣れない周波数で怒鳴っているし、言っていることが支離滅裂なのですぐそれと分かる。

「この前の5月号……一番最初に●●が載ってたよなぁ?」

「そうです」

「今月、6月号を買ったら、また●●の同じ写真があってよう、記事もそっくり同じじゃねぇか。ふざけるな、殺すぞぉぉ!」

「たぶん……書店に在庫があって、同じ5月号を買ったんじゃないですか?」

「俺が買ったのは6月号だ!!」

 こんなときは意識を取材目線に変えるのがいい。どんな恫喝も後々なにかに使えると考えメモを取っていると、精神的なストレスが少なくて済む。それにポン中の電話は内容が突飛で面白い。100回生まれ変わっても創作できない類の話が多くて飽きない。

マイケルジャクソンと会合中に電話をくれるHさん

 毎週木曜日の午前3時、決まって電話をかけてくる常連に「ノーベル暴力賞受賞のHさん」という人がいた。これほど世界的に有名な俺をなぜ取材しないのか、とHさんは毎回怒った。反面、気がいいところもあって口が軽かった。住所も電話番号も、そして所属している組織も教えてくれた。どうせ適当だろうと思って裏を取ったら本当で、その組織は薬局(覚せい剤を密売する組織をこう呼ぶ)として有名だった。

 Hさんの電話は怯えたり怒鳴ったりを周期的に繰り返し、平均1時間ほどで切れるのだが、あるとき「いまマイケル・ジャクソンと一緒なんだ。ちょっと待ってろ」と言われた。「ポゥ! ポゥ! ウァオ!」

 なぜ録音しておかなかったのか今でも悔やむ。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売