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 表面上、組員たちは丁寧だった。要求は訂正文を載せろということで、これなら問題なく呑めると思った。編集部に連絡すると専務が電話に出た。

「訂正文を載せて欲しいとのことです」

「Aさん(問題になった実録小説の主人公)に聞いてみるからあとで電話してよ」

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 10分後、再び電話をした。

「Aさんは書いてあることで間違いない、事実だって言ってるから断ってくれる?」

ヤクザと会社の板挟み

 仕方がないので、組員たちに「出来ないそうです」と伝えた。

 静かに喋っていた組員は態度を急変させた。テープレコーダーのスイッチを切り、またも「殺すぞ!」と凄んできた。「そう言われても……」「殺すぞ!」「私の判断でそれ以上は……」「殺すぞ!」「先方はそれで事実だと言っているらしいです」「殺すぞ!」

 恐怖心はあったし、監禁されていることも理解していた。ただなんの伏線もなかったので実感が湧かない。いくら怒鳴られても他人事のようで、自分自身を遠くから見つめているような感覚だった。初めてみるヤクザの恫喝はあまりに仰々しくて、理解が追いつかない。許されるなら笑いたかった。組員の歪んだ形相が書き損じのヤクザマンガのようだった。

 若い衆の三白眼を見ているうち、私同様、若い衆も親分の代理であり、「断られました」では帰れないのだろう、と気づいた。

「お互い、代理で交渉していても平行線ですよね。こっちは“うん”と言えないし、そっちも“分かった”とは言えない。最終責任者と話して下さい」

 組員は納得し、私を解放してくれた。

 翌日の午後、彼ら3人が改めて編集部にやってくることになった。社長は事情を聞き、「Aさんがそう言っているなら訂正文は出せない」と頑なだった。社員一同は社長がどう対応するのか興味津々でみていた。これまで数々の武勇伝をきき、尊敬していたからだ。

 翌日……組員たちが現れ、社長が出迎えた。昨日と同じ3人組だった。

「殺すぞ!」

©iStock.com

編集部の電話に残されたポスト・イット

 社長はあっさり訂正文の掲載を承諾した。それも1ページの全面謝罪文だ。さじ加減のわからぬ私は、明らかに突っ張り過ぎていたのである。若い衆が帰るとき、「あんたもやるねぇ」と言った。賞賛をそのまま受け取るほどウブではないが、暴力団取材を続けていけるかもしれない、という希望は持てた。最初のクレームが直接的な恫喝を伴う厳しいものだったことは、私にとって最大の幸運だったろう。真綿で首を絞められるように徐々に難易度がアップしていたら、途中で投げ出していたはずだ。実際、その数週間後、取材先から編集部に戻り、電話にこんなポスト・イットが貼ってあっても、あまり動揺せずに済んだ。

「用件=PM4時。●●組の▲▲様より電話有り。内容=殺すぞ」