『浮浪雲』は最初に書いたように、誰も異論を挟むことのないジョージさんの代表作。人生の達人・雲(くも)の生き様を通じて政治、経済、家族、親子、兄弟(妹)、男女、パワハラ、セクハラ、さまざまなトラブル等々、およそ人生において起こり得る、あらゆる問題について作者独自のメスを入れ、読む者すべてに答えを問う作りとなっていた。ここにもジョージさんの大いなる“父性”を感じる。それはひとえに、ジョージさんが“父親”になった事実も大きく影響しているように思う。父となったジョージさんは、不特定多数の子供たち以上に“我が子”に伝えたいと思って、以後、漫画を描き続けたのだろう。
“照れ屋”だったジョージ先生に漫画のカットをお借りした思い出
90年代末、昭和の漫画再評価的な動きのなか、筆者が編集を担当した書籍で『銭ゲバ』と『アシュラ』を紹介したいと思い、ジョージさんに直接、漫画のカット使用のお願い電話をかけた。
連絡先を教えてくれた知り合いの編集者が言っていたとおり(当時は)ご本人が電話に出られ、しかも午後イチでおかけしたにも拘らず、酔われていた。緊張しつつ趣旨を説明してお願いすると「よく分からんから、ページができたら送って」と言われたので、レイアウトのコピーを郵送とFAXでお送りした。以来1週間ほどなしのつぶて。再び電話をして恐るおそる「あのう……届いておりますでしょうか?」と聞くと「うん届いた」。「いかがでしょう?」と問うと「読んでないから分からない。でも問題ないんじゃないの?」。「それで、使用料はいかほど……?」と切り出すと、「う~~ん、褒めてくれてるからいいや。けなされてたら100万円もらおうと思ったけど」と言われ、「え? あ、あの、無料、ということでしょうか?」と返すと「うん、見本誌ができたら2冊送って」とだけ言われ、ガチャンと電話を切られた。当の自分はしばし呆然。「読んでないのになんで“褒めてる”って分かったんだろう……?」と自問。その答えは“ジョージ秋山先生は極度の照れ屋”だった。その後、近親者が語ったジョージさんの人物評伝を読んでもその結論が間違っていなかったことが分かったが、思い出せば出すほど後からじわじわとくるやり取りではあった。
その『アシュラ』は2012年に『TIGER & BUNNY』(’11年)などのヒット作で知られる、さとうけいいち監督でCGアニメ映画化され、カナダ・モントリオールのファンタジア国際映画祭では観客賞を受賞した。メキシコから上映イベントに参加した女性は、本作鑑賞後、「涙が止まらなかった」と語り、ジョージ秋山作品もまた国境を越えて愛されることの証明となった。50年前、『アシュラ』を有害図書に指定したみなさんに、この言葉を聞かせて差し上げたいものだ。
今、ジョージさんは、浮浪雲よろしく江戸湾に似た天国の海岸で、ひょうたんを小脇に釣竿を背負い、ひねもすのたりと青い海・白い雲を眺められているに違いない。この決してブレることのない“ジョージ秋山イズム”を後世に伝えるのが我々の役目だと思う。時にサングラスをかけ、色黒でワイルドな見た目とは裏腹にとてつもなくシャイだったジョージさんの「やめてくれぇ」という叫び声が聞こえてきそうだが……。