昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/06/14

真夜中の飼育室での出来事

「彼らは大事な局面で、僕らの予想を超える表現をしてくるんです」と李は語る。例えば、こんなこともあった。

 妊娠が確認された後、李たちが頭を悩ませたのは、いつ類人猿館を閉じて、レンボーを出産に専念させるか、その時期についてだった。

 過去2回の出産時に比べると落ち着いており、体重の増加も妊娠前から5kg以内にコントロールされ、心配した妊娠中毒症の疑いはなかったが、閉館時期は重要だった。国内外での飼育に基づく資料によると「(出産は)妊娠から245日±15日」という基準が示されているが、閉館は時期が早すぎても遅すぎても、レンボーにはストレスになる可能性があった。結局、李が決めた閉館時期は「妊娠から238日後」だった。

食後はママの背中で

 その日、つまり今年の1月31日、「本当に今、閉めて大丈夫だろうか」と一抹の不安を抱えながらも、閉館のための準備作業を終えた李がレンボーの様子を見に戻ってきたところ――。

「レンボーが自分の両足を両手でもって、出産のときのポーズをしてみせたんです(笑)。もちろん、普段はそんな仕草はしません。僕には、それが『大丈夫だよ、ちゃんと産むよ』と言ってくれているように思えました」(李職員)

 2月3日早朝、レンボーは予定よりやや早くひとりで無事に出産。朝、急いで駆け付けた李に向かって、レンボーは赤ちゃんの足を開いて見せた。

「“ほら、男の子だよ”という感じで。たぶん前回の出産で、僕たちが赤ちゃんの性別をチェックしようと、一生懸命のぞきこんでいたのを覚えていたのかもしれません」(同前)

 

 その日の深夜。李たち飼育員も引き上げて、レンボーと赤ちゃんが二人きりになった飼育室で起きた出来事を監視カメラが捉えていた。

 時刻は深夜2時を回っていたが、いつもは日の入りとともに眠りにつくレンボーは、この時間まで甲斐甲斐しく赤ちゃんの面倒をみている。すると横になって胸の上に赤ちゃんを抱いていたレンボーが、すっと赤ちゃんを身体から離すと、まるで何かを促すように後ろにある鉄柵に近づけた。真っ暗闇の中で赤ちゃんは落っこちないように、必死に手を伸ばし、やがて片方の手が鉄柵を握った。続いて、もう片方の手でも鉄柵を握り、安心した様子で檻に近づこうとした寸前に、レンボーはそっと自分の胸に抱き戻した――。

 翌朝、映像でこの出来事を確認した李は、その行動に驚いた。

「おそらく、赤ちゃんに自分たちが生きていく世界を教えていたんだと思うんです。産んだその夜から行っていたことにとても驚きました」(李職員)