どの世界にも、「この人が登場したらきっと面白いものを見せてくれるはず」と期待させるプレイヤーがいる。
文楽では人形遣いの勘十郎さんがその筆頭に挙げられるが、今年は入門50年を迎える節目の年。きたる国立劇場での9月文楽公演『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』で、驚異の人形の“七化け”を披露する。
ここで言う“七化け”とは、人形の早替わりのこと。
1体の人形を主遣(おもづか)い、左遣い、足遣いの3人で遣う“三人遣い”が文楽の人形の特徴だが、“七化け”では主遣いの勘十郎さんだけが変わらず、座頭(ざとう)、娘、雷、いなせな男、夜鷹(よたか)、女郎(じょろう)、奴(やっこ)……と、性格も形も違う人形を、次々と持ち替えて遣ってみせる。
昭和49年を最後に上演されていなかったこの七化けの「化粧殺生石(けわいせっしょうせき)」を2年前、41年ぶりに大阪の国立文楽劇場で復刻したところ、評判となり、日に日にお客さんが増え、千穐楽(せんしゅうらく)には満員になった。「東京でも見たい」という声に応(こた)え、今回、国立劇場の舞台に掛かる。
「2年前も私が遣わせて頂きました。昭和49年のときは、1度舞台を暗くして、その間に次の人形に替わったんですが、それはやりたくない。明るいまま、客席から見えている状態で、岩とか草とか舞台の道具の裏にちょっと隠れて、出て来たときには全く違うテンポや遣い方で人形を遣ってみせる。それが妙味やと思います」(勘十郎さん)
前回は七役遣うなか、早替わりのスピードと難易度をあげていき、最後にお姫様の玉藻前の姿に戻って、一瞬で狐の顔になる趣向に、客席のどよめきと拍手が鳴りやまなかった。
人形遣いの「動」を得意とする勘十郎の面目躍如(めんもくやくじょ)。
この妙技を可能にするのが、黒衣(くろご)の人形遣いたちの“内助の功”。客席から見えないところで、左役、足役がすばやく入れ替わったり、小道具を渡したりと、約20名が舞台上で、息を合わせて、めまぐるしく仕事する。
「夜の演目のラストにこれが来ますのでねぇ(笑)。みなそこまで体力を温存し、気を抜けないので大変です」
ふだんは哀れな運命をたどる女性たちがほとんどの文楽の演目だが、天竺(てんじく)<インド>、唐土(もろこし)<中国>、日本の三国制覇をもくろむ金毛九尾(きゅうび)の妖狐に憑(つ)かれたお姫様の玉藻前。登場する宮中の女方(おんながた)の人形の衣裳や舞台装置の色もあでやかで、女性や外国の方には特にお勧めの演目である。
「七化けは本編のお芝居が終わって……付け足しの歌謡ショーのような感覚の楽しい演(だ)し物。ぜひ、理屈抜きにお愉(たの)しみ頂きたいと思います」
きりたけかんじゅうろう/1953年大阪府出身。14歳で人間国宝の吉田簔助師に入門、吉田簔太郎を名乗る。2003年、父の名跡の桐竹勘十郎を襲名。東京・大阪の定期公演のほか、NHK「にほんごであそぼ」に出演。紫綬褒章受章。日本芸術院賞など受賞歴多数。近著に『一日に一字学べば…』がある。
国立劇場9月公演特設サイト
http://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu/h29/bunraku_9.html
※前回上演された折の舞台映像や、勘十郎さんからのメッセージ動画があります。